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インド・コルカタ(マザーハウス)~ハリダスプール国境

2015/03/22 (2日目) 続き

16:00 マザーテレサの家に到着です。正式には、マザーテレサが設立したMissionaries of Charity(神の愛の宣教者会)のマザーハウスと呼ばれる施設になります。

マザーテレサの家(マザーハウス)


入口は脇道にあります。静かな通りを、シスターが行き交う、コルカタではちょっと異質な雰囲気が感じられる場所です。この建物だけで約270人の修道女がいらっしゃるそうです。

マザーハウスで活動するシスターが行きかうわき道


建物内は基本的に写真撮影禁止で、マザーテレサのお墓のみ写真撮影OKとなっています。
こちらが建物1階の広い礼拝堂のような部屋にあるマザーテレサのお墓になります。この地下6mにマザーテレサは眠っているそうです。お墓の上には花で「JESUS IS MY LIFE AND MY ONLY LOVE」と書かれています。

マザーテレサの墓


墓石の上に置かれているマリア像がとても優しげで、マザーテレサの心を映し出すかのような表情だったのが印象的でした。この部屋を出る時に年老いたシスターが一人一人にメダイを下さいました。ただの観光客に申し訳ないほどのおもてなしです。

マザーテレサのお墓に建つマリア像


隣の部屋は展示室になっていて、マザーテレサに関する資料が所狭しと展示されています。まだ若い頃の写真なども見ることができます。そして中庭を挟んだ建物の2階にマザーテレサの部屋が残っています。広さにして四畳程度でしょうか。小さめのシングルベッドと机と椅子があるくらいの質素でかわいらしいお部屋でした。

この後、ちょうど日本人ボランティア向けに、シスターからお話しがあるというので、せっかくだからと同席させてもらうこととなりました。シスター・クリスティーンは日本人の修道女で長くコルカタでボランティア活動をされている方だそうです。神の愛や、嫌いな人にも微笑みましょう、といったお話でしたが、40分は正直ちょっと長すぎました。相手はコルカタまで来るボランティアや旅行者なので、小学生にも分かる話し方じゃなくても・・・。日本から来ていた若い学生等のボランティアが10人前後いて、彼らが普通の若者だったので、日本の未来はそう悲観的じゃないかも、と思いました。

17:25 マザーハウスを後にします。コルカタの観光はこれでおしまい、ホテルに戻ります。
コルカタは少し街の中心を離れると農地も広がっています。昔は沼地が多かったのを今は埋め立てて近代的なビルなどが続々建設中です。沼地の名残、池のようなものもまだあちこちで見られます。

コルカタの沼地


18:00 2連泊のプライドホテルに帰着です。
19:00 ホテルで夕食です。今回の旅行社ユーラシアは、いまだツアーの名簿を配る会社なので、自己紹介がありました。今回の参加者は、既に100か国を制覇した方も多く、相当に旅好きな方が多いようです。北海道から沖縄まで日本全国から集まった旅好きさんたち、変な人もいないようでほっとしました。

2015/03/23 (3日目)

8:00 ホテルを出発します。ホテルの周りのマンション群、やはりまだ建築中のようです。何年後かにはコルカタの街もすっかり様変わりすることでしょう。都会の隅らしい風景を目に焼き付けて、これから国境へと向かいます。

コルカタのニュータウン


バスは大型の観光バスで、道路はそこそこきちんと舗装されているのに、ものすごい揺れます。添乗員はバングラデシュに入ったら道路事情が悪いから酔い止めをと言っていましたが、今すぐ必要とすぐに服用します。バスが古いのと、運転が荒いのが原因です。しかもシートベルトが壊れている席が多く何かに掴まっていないと大変危険という感じです。

コルカタの観光バス


車窓の風景は活気に満ちています。私達と逆方向つまりコルカタへ向かう道はかなり渋滞しています。

コルカタの郊外の町


大きな道路を初めて右に曲がります。曲がらずに写真の方向へまっすぐ北上すれば、数日後に訪れることになるダージリンに繋がっている道だそうです。私たちはバングラデシュとの国境を目指し北東へと進路を取ります。

コルカタからダージリンへ続く道


道を曲がってからしばらくすると、人家もまばらになってきました。完全に農村地帯、緑一色の風景に変わります。

コルカタの東に広がる農業地帯


9:00 道端の小さなドライブインまたはレストランといったお店でトイレ休憩を取ります。壊れたシートベルトが外れず、上から抜け出るという技を使いました。あまりにバスが揺れるので、道路状況を確認に行ってみます。やはり、道路にはさして問題はないようなので、車両とスピード出し過ぎが原因のようです。お尻がバンバン浮き座っていることに疲れていたので休憩はほっとします。

コルカタからバングラデシュ国境へと繋がる道


さて再びバスに揺られ国境を目指します。相変わらずの農村風景ですが、人家のある所はゴミも多いです。やれやれ、という風景です。

ごみの多い農村風景


国境が近付いて来ました。一番近い町と言っていたので、ボンガアンあたりでしょうか。何やら騒がしい人達がいます。ガイドさんによるとデモ行進だそうです。珍しく女性達が先頭に立っています。何を訴えているのかは不明ですが、平和的なデモのようです。この先、バングラデシュではデモが起きると道路封鎖などで旅程を変更したりといったこともあるそうなので、先の事に不安を感じます。

国境近くの町で行われていたデモ行進


国境が近付いてくるといくつもの川を渡ります。水がきれいとは言えない川ですが、洗濯だの水浴びだのする人々をよく見かけます。私は到底この辺りでは暮らせそうにありません。

川で洗濯や水浴びする人々


11:35 やっとハリダスプール国境に到着です。陸路の国境越えというのは時に大変なものですが、久しぶりなのですっかり忘れていました。また旅行会社からの注意喚起もなかったので気軽に考えていたのですが、実はちょっとした覚悟が必要でした。そう、ここでバスにもお別れし、全ての荷物を持って出入国審査に向かわなくてはならないのです・・・。

ホテルや空港と違って道はフラットではないので、手荷物を持ちつつ20㎏スーツケースをスムーズに運ぶことは至難の業です。ましてやイミグレーションのある建物には階段も数段あります。
さらに30度を超える暑さ、心の準備もなくこの作業をさせられるのはとてもしんどい。お歳を召した方の何人かは、知っていたら参加しなかった、といった愚痴が出るほどでした。

ハリダスプール国境


普通に一人ずつ出国手続きを済ませ、税関はノーチェックで、また荷物を引きずり歩いてゲートへ向かいます。居合わせたインドから帰るバングラデシュ人男性が親切にも私の荷物を運ぶのを手伝ってくれました。国境では訳わかんない人もいるし、私は自分でできるんだけど~と思いましたが、あまりに爽やかだったので、断り切れませんでした。ゲートでガイドさんにお別れし、バングラデシュに足を踏み入れます。

次回はベナポール国境~クルナをレポートの予定です♪

バングラデシュ・ベナポール国境~クルナ

2015/03/23 (3日目) 続き

12:00 バングラデシュ側ベナポール国境に入りました。ここでバングラデシュの日本語ガイドさんとミートします。インドのガイドさんの話は聞き取りにくかったのですが、発音もほぼ完璧でほっとします。

バングラデシュ・ベナポール国境


ゲート脇にあるあちらの建物に荷物を引きずって赴き、また1人ずつ入国手続きをします。実はこのインド-バングラデシュ国境はかなり時間がかかる悪名高い国境らしいのですが、ガイドさんが朝から来て偉い人とお茶したりして手続きを簡略化してもらったそうです。所謂賄賂が横行している国境ということですね。

バングラデシュ・ベナポール国境イミグレ事務所


税関をスルーさせてもらって、バスに乗り込みガイドさんの手続きを待ちます。バスに行く短い間に、物乞いがやってきますが、何だかやけに小奇麗な恰好をし、アクセサリーなども身に着けています。物乞いが多いというより、観光客目当てに商売としている人たちのようです。

13:35 ベナポール国境を後にします。インドのとの時差が30分あるので、国境越えは両国サイドで合計1時間半で済みましたが、通常であれば最低でも2,3時間かかるそうです。バングラデシュ側の町はインド側に比べてなんら遜色ない感じです。

ベナポールの町


13:45 ベナポール近くの国営ツーリストホテルにてランチです。
ベンガル料理ということで、ナンのようなルティ、ライス、ダルカレー、お肉のカレーでしたが、全体的に種類も量も少ないという印象で、皆きれいに平らげお代わりを要求するほどの質素な食事でした。

今日はバングラデシュ第三の都市クルナへと移動します。道が悪いと聞いていましたが、バスに乗っている感覚では車両や運転のせいか、インド領内より乗り心地がよくなった気がします。
車窓は田舎の風景になりますが、私がバングラデシュと聞いて一番に思い浮かぶレンガ工場を時々見ることができます。

バングラデシュのレンガ工場


16:15 小さなガソリンスタンドでトイレ休憩を取ります。周辺は緑豊かな景色です。バングラデシュについてはほとんど何の知識もなく、想像力すら働かなかったので、水と緑が豊かな国土を見て、ここが本当に最貧国の1つかと思うほどです。

緑豊かなバングラデシュの大地


道路もこんな感じで、舗装もされ、ずっと街路樹が植えられていて、貧しい国という印象はありません。けれど、とにかく車の行き来がほとんどないというのが印象的です。いえ、トラックなどの車の行き来はあるのですが、いわゆる一般的な乗用車をほとんど見ない、という意味です。

意外と整備されたバングラデシュの道路


クルナの町に入ったようです。第三の都市と言っても、都市というには程遠い町並みです。

クルナの町


16:55 クルナのホテル、キャッスル・サラーム(HOTEL CASTLE SALAM)に到着です。町のど真ん中、エビのモニュメントがある交差点にあります。エビなどの養殖がさかんな町なのでこういったモニュメントがあるのです(写真中央)。

クルナの町の中心にあるキャッスル・サラームホテル


このキャッスル・サラームはクルナで最高級の中級ホテルだそうです。部屋はかなりスペースがあり、空調とファンの音がうるさいです。お湯は熱いのがでるしバスタブもあり、一応アメニティもあります。冷蔵庫、水のボトルあり。Wi-Fiも無料です(遅いですが)。

キャッスル・サラームの部屋


ホテルのフロントで両替をします。バングラデシュの滞在は5泊ですが、イスラムの国でお酒は旅行会社が用意してくれる輸入ビールしかないので、20米ドルだけ、1500TK(タカ)、結果的にこれで足りました。
 
17:30 希望者をスーパーマーケットにバスで連れて行ってくれるというので、もちろん参加します。今回の旅ではホテルの立地があまりよくなく、スーパーに行く機会などほとんどないのです。

ミナバザールというホテルから1㎞くらい先にある駅の近くのスーパーに連れてきてもらいました。。クレジットカードも使えるので、店員オススメのマンゴーのお菓子を購入します。こういったきちんとした店の商品は決して安くはありません。地元の人はあまり来ないのか、店員が多く、つきっきりであれこれ教えてくれたりします。

クルナのスーパーマーケット


18:10 ホテルにいったん帰着しますが、同じツアーの女性がかわいいブラウスを上階で買ってきたというのを見せてもらい、スーパーの上階に行かなかったことを少し悔みました。地図を見たら道はまっすぐ、1㎞しかないので、もう一度歩いて行って来ようと相部屋のOさんと2人で出かけることにします。出かけに添乗員を見かけたので、気を付けて行ってきますと声をかけてホテルを出ます。

町の中心の広い通りを歩きます。車は多くはなく、リキシャが多く行き交います。やはりバスから見下ろすのと、自分で歩くのでは全然景色が違います。危ないからと地図のあるガイドブックを置いてきましたが、治安は極めて良さそうです。

クルナ中心部の町並み


15分でスーパーに到着し、上階に行って、服とか靴とかの売り場を見て歩きます。結局気に入った物は見つからず、まぁ夕食までの時間潰しと運動不足の散歩だったね、と19:00のホテルでの夕食に間に合うよう戻ることにしました。

外へ出ると日が暮れ、すっかり暗くなっていました。さすがに暗い時間に外国人女性がうろうろするのは何なので、速足で帰ることにします。安全のため来た道を戻るのがいいだろうと来た道を戻ります。横道を覗くと、バングラデシュの生活感が伝わって来ます。

夜のクルナの町


この直後でした、いきなり町が漆黒に染まります。停電です。目が慣れていないせいもあり、真っ暗で何も見えず、脇を通るリキシャにぶつからないか怖いので、安全のため現地の人のすぐ後ろをついて歩くことにしました。車のヘッドライトとかないので、本当に何も見えません。

しばらくすると自家発電などを持っているお店もあるのか、少しずつ町が明るくなってきてほっとしました。急ぎながらも、脇のいろんな商店などちらちら見ながら歩きます。

クルナの店


19:00ちょっと前にはホテルに着くはずでした。が、どうも気配がおかしい、というかいくら暗くてもこの道は見覚えがない、という状態になってきて、さらに段々店も少なくなって来ました。ホテルは町の中心で、賑やかな所なので、どうやらあり得ないことに道を間違えたと悟りました。

だいたい、ホテルからまっすぐ1㎞の所へ出かけて迷子になるというのも変な話ですが、そういえばY字路っぽい合流する所があったはずなので、帰りはやや右に道なりに行かなければならなかったのです。それを停電で真っ暗だったのもあり、足元などに注意していたから入る道を見落としたに違いありません。気付くのが遅くかなり遠くまで来てしまったようです。

地図を持って来なかった事を後悔します。人に道を聞いたら、そう遠くないはずなのに説明が難しいようです。仕方ないので、まずは少し道を戻ることにします。最悪スーパーまで戻ってやり直せばいいのです。でもそれでは夕食に大幅に遅刻するのは間違いありません。

しばらく戻ったらガイドブックで見たことのあるホテルがあったので、ここの人に道を聞きます。
でもやはり説明に困り、リキシャを呼ぼうか、と言ってきました。私だけならともかく0さんをあの危ない乗り物に乗せるわけには行かないし、道に迷っている状態で万一どこかに連れていかれても分からないし飛びりる訳にもいかない、時間はかかっても歩いて帰るしかない、そう判断しました。

道を戻りながら、交差点毎に信用できそうな人を選んで道を聞きます。有難いことに結構英語が通じます。左に曲がってその先を右、広い通りを左、と私の頭に残っている地図と合致するような情報をくれた人を信じ、スーパーまで戻らず知らない道を歩くことにしました。既に、19時を過ぎているので、Oさんが付いてきているのを確認しつつ速足で歩き、道があっているかダブルチェックのために人に聞いたりします。

ホテル前のエビのモニュメントが見えた時には目が潤みそうでした。町の人達は皆親切に道を教えてくれたりしましたが、「それで君は何しに来たの?」とか話を続けたがる人も多くちょっと困りました。迷子で道を聞いている時点でツーリストって分かるでしょ!夜の町はこんな感じに暗くて、一人でなかったから良かったものの、迷子にさせてしまった責任は多分に自分にあるので、Oさんに申し訳なく思いました。Oさんがお歳の割に私の速足に付いてきてくれて良かったですが、無理をさせた上、怖い思いをしたのではとヒヤヒヤでした。

クルナの夜は暗い


19:30 ホテルへ戻ると、ホテルスタッフが待ち構えていたように「ガイドが心配して探していた、良かった!早く入って」と迎えてくれました。ガイドに「警察に電話しようかと思った」と言われ、反省しました。添乗員の携帯番号を聞いていなかったし、行程表の緊急連絡先に電話するほどではないと思ったので連絡できなかったのですが、ホテルに電話入れておけば良かったです。

19:00からの夕食に遅れて席に付くと、ちょうどメインが出てきたところでした。
クルナならではのエビ料理です。美味しかったですが、食べる所がちょっと少なかったかな?
ホテルもスタッフが多く、サービス過剰気味です。疲れていたので、スプライトを一気飲みしてようやく落ち着きました。スプライトの値段はホテルのレストランでも70TK(約120円)。

クルナ名物エビ料理


ホテルでも食事中や部屋へ戻ってから何度も停電がありました。
安全だとしても、日が暮れて女性が外を歩き回るのは避けた方がいい国だと最初に悟りました。
何もなかった事は幸いですが、ちょっとそこまで、でも地図を持たずに出るのは危険ですね。

次回はバゲルハットをレポートします♪

バングラデシュ・バゲルハット(シャイトゴンブッツモスク)

2015/03/24 (4日目)

8:30 クルナのホテルを出発します。日程表ではモングラ港へ向かい、シュンドルボン国立公園のワンナイトクルーズに出る予定ですが、明日の帰港後の予定を先にこなすことに変更になりました。
さて、クルナの町も端に差しかかったようです。昨晩の迷子は忘れられない思い出になりそうです。

クルナの町外れ


町を出るとただただ緑一色の景色へと突入します。途中、80%が日本のODAで10年ほど前にかけられたカン・ジャハン・アリ橋という大きな橋を渡ります。バングラデシュは川が多く、国内の交通の便が良くありません。この橋は1.3㎞もあるとの事ですが、霧が凄くて真っ白で何も見えず、渡りきるころ微かに橋だと認識できたほどでした。この辺りの霧は珍しいそうです。

カン・ジャハン・アリ橋


ルプシャ川を渡ると田園風景が続きます。道沿いに大きな池がたくさん現れますが、これはナマズやコイの養殖場だそうです。

魚の養殖場


小さな町のバスストップを通り過ぎます。多くの住民は特別な用がない限りそう町の外に出ないのか、バングラデシュの地方での移動はかなり手段が限られていそうです。

バングラデシュの田舎の町のバスターミナル


車窓に枯葉で覆われた畑のようなものがよく見られるようになりました。噛みタバコの畑なのだそうです。

噛みタバコの畑


こちらはエビの養殖場です。モングラ港へ行く途中ではたくさん見られるということです。
昨夜食べたエビはこうした養殖場で育てられ、この周辺の人々の大事な収入源なのでしょうね。

バングラデシュのエビ養殖場


9:20 バゲルハットの最初の観光地に到着です。バゲルハットとは虎市場という意味で、15世紀に繁栄した世界遺産のモスジット群が残る町です。現存する数少ないモスジットの一つ、シャイト・ゴンブッツ・モスクを見学します。

世界遺産バゲルハットの15世紀のシャイト・ゴンブッツ・モスジット


15世紀、ベンガルのスルタンの命を受け、武将カン・ジャハン・アリが築いたこのバゲルハットの町に残るバングラデシュ最大級のモスジットは、1459年にカン・ジャハン・アリによって建てられたものです。シャイト・ゴンブッツ・モスクとは60ドームのモスクという意味です。

バングラデシュを代表するモスク、15世紀のシャイト・ゴンブッツ・モスク


この辺りのモスクは女性は中でお祈りできないそうなのですが、ここは女性も入れるということで内部を見学します。モスクなので入口で靴を脱ぎますが、かなり足の裏が汚れるので、汚れること前提の靴下がオススメです。私はサンダルに裸足なのでお手拭き持参です。女性はスカーフ必須です。殺風景なモスクですが、入口上には細かい彫刻があります。

シャイト・ゴンブッツ・モスク入り口の15世紀の彫刻


60のドームと言っても、7×11+4隅を合わせると実際には全部で81のドームがあります。つまり柱が60本並んでいてて壮観です。柱は砂岩でできています。シンプルで広いモスクで、他に人もいなくてまるで遺跡のようです。

60本の柱が並ぶシャイト・ゴンブッツ・モスクの内部


このモスクにはいくつか特徴があります。まずミフラーブがたくさん(10近く)あります。さらにその方向に外に続くドアまであります。昔は裁判所としても使われていたこともあったそうです。

モスクにドームがあるのは、コーラン等の声が響くように作られているからですが、それを証明しましょうとばかり、居合わせた男性(管理人?)がコーランの1節を謳ってくれました。たくさん披露したかったようですが、きりのいいところで止めてもらいました。ドームの効果も手伝ってか、とてもいい声でした。

コーランを聴かせてもらう


モスク内の写真撮影と裏の池の見学などを含めてしばしフリータイムです。なお、このモスク、ドームが崩れかかって危ないので、ちょうど初めての修復中でした。作業を見るに、建設当時とさほど変わらない手法で修復されているようです。天然素材と人力だけでコツコツという感じです。

シャイト・ゴンブッツ・モスクはドームを修復中


モスクの裏側に周ってみると、思いのほか池が広くてびっくりしました。幼稚園のプールみたいのを想像していたのですが、広大なものです。奥行きは500mくらいあるでしょう。

シャイト・ゴンブッツ・モスクに隣接する広大な池


そこかしこをヤギが歩き、水辺では女性が洗濯をしています。
世界遺産の観光地であるほどのモスクだしい、身を清めるかための特別なきれいな池かと思いきや、農村の長閑な風景、がそこにはありました。

池で洗濯する女性


池の水はきれいなものではありませんが、ハスの花の美しさが印象的でした。

池に咲く蓮の花


9:50 次の観光地カン・ジャハン廟へとバスで移動します。

次回はカン・ジャハン廟~ナインドーム・モスクをレポートの予定です♪
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aya1103

Author:aya1103
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