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カザフスタン・シムケント

2013/10/05 (2日目) 続き

18:15 ガイドさんが道端で売っているスイカを買いにいきます。道沿いでこういった光景はよく見られます。かぼちゃが日本のスイカサイズで、スイカはもっと大きいです。値段は聞いたけど教えてくれませんでした。きっとすごく安いのですが、それでもカザフスタンは中央アジアの中では最も物価が高いのだそうです。

道端でスイカを買う


19時前、日が沈みます。遮るもののほとんどない大地で見る夕日はきれいですが、あちこちでしている道路工事のせいか全てがかすんで見えます。

サンセット鑑賞


19:10 トイレ休憩ということで、川側のオアシスぽっいところで止まります。
まだ勇気が出ないし、緊急性もないので、青空トイレはパスします。

20:30 シムケントのその名もシムケントという4つ星の高級ホテル!に到着です。といっても、旧ソ連の匂いの漂う保養所っぽいホテルです。写真は翌朝撮りました。

シムケントホテル


チェックインの前にすぐにレストランで夕食です。トマトとキュウリのサラダの後には、チキンが出ました。なかなかおいしいです。ちなみにさきほど買ったスイカも出してもらいましたが、やっぱり冷やした方がよさそうでした。

シムケントホテルの夕食


部屋はシングルルーム。これは高級ではないですよね。ですが、シャワールームはきれいでした。アメニティはキリル文字しか書いてなくて、どれがどれだかわかりません。ドライヤーなし。冷蔵庫は空、湯沸しポット付。やはりコンセントは少ないです。 Wi-Fiアクセス無料(id/pw等なし)。

シムケントの部屋


ホテル周辺は町中でもメインの道路以外は街灯はなく暗いです。ホテルの前は大通りを挟んで遊園地があります。土曜だからか大音量の音楽が部屋まで聞こえてなかなか休めませんでした。

2013/10/06 (3日目)

朝起きて窓の外を見るとこんな風景でした。夜暗くて周囲がどんな風になっているのか全然わかりませんでしたが、結構住宅地みたいです。飛行機から見えなかったので、空港はかなり遠いのかも知れません。

シムケントの部屋からのシムケントの景色


廊下に出てメイン道路の方を見ると、街路樹が多いですね。このホテルは8階建て、高層ビルはありませんが、中層の建物は結構あるようです。

シムケントから見たシムケントの主要道路


7:00 朝食に行きます。怪しげな食べ物には手を出さず、安全そうなものだけにします。胃腸弱いから仕方ありません。左の皿に載っている、マンティ(水餃子)が癖もなくてとてもおいしかったです。醤油も良く合うお味でおかわりしちゃいました。

シムケントの朝食


8:00 ホテルを出発し、今日は500㎞の移動です。シムケントには特に見るものがないようで、観光は全くセットされていませんでした。車窓から風変わりな建物が見えます。2年前にアラブの王族の寄付によって建てられたモスクだそうです。

シムケントのモスク


シムケントの町を出ると、田舎の風景です。

シムケント郊外


そして、いよいよ民家すら見えなくなった頃、遠くを走る列車を見ました。青い車両はかなりの両数あります。カザフスタンでは長距離の列車網もちゃんとあるのです。

カザフスタンの列車


列車が見えなくなると、不毛な大地が続きます。それでも、どこから連れてきたやら、放牧されている動物たちがいます。毎日回収する必要はないのでしょうが・・・。
馬やラクダは食用に飼っているわけではないけど、最後には食べるのだそうです。

不毛の大地に放牧される動物たち


9:55 青空トイレの時間です。そもそも適当に遮るものがある場所というのがそうたくさんあるわけではないので、こういったポイントがある程度決まっているのか、ティッシュなど散乱していて汚いんです。ティッシュは埋めてと言ってましたが、かなり残るのでしょうね。やっぱり、無理、とパスすることにします。

トイレ休憩スポット


ちなみに、ここで青空トイレすると、目の前にはこんな景色が広がります。毎回、下見をして想像するものの、とても実践する気になれない私です。

青空トイレの景色


次回はタラズのアイシャ・ビビ廟をレポートします♪
(テルアビブからの更新でした)

カザフスタン・タラズ(アイシャビビ廟)

(大雪にあったイスラエルから何とか帰国しました)

2013/10/06 (3日目) 続き

11:30 シムケントからは東にあるタラズという町の外れにあるアイシャ・ビビ廟に着きました。駐車場からちらっと見えちゃいましたが、思っていたよりこじんまりとした廟のようです。

アイシャ・ビビ廟入口


駐車場からすぐ廟の敷地になっています。アイシャ・ビビとその乳母の廟なのですが、この廟が観光地として人気なのは、悲話伝説によるものなのです。左がアイシャ・ビビという美しい娘の廟、右がその乳母の廟です。

アイシャ・ビビ廟とババジ・カトゥン廟


その悲話はガイドブックなどによっても細かいところが違うのですが、ガイドから聞いた話はこうです。

将来の王となるカラハンが、数学者の父を持つ美しい娘アイシャととある披露宴で出会います。その時王が40歳、娘は18歳。娘の父は交際を大反対、母はもう亡くなっていたそうです。タラズに行ったカラハンを追い、川で身を清めてから会いに行こうとしたアイシャは、服を着ようとしたところ、服に隠れていた毒蛇にかまれ死亡してしまいます。嘆いたカラハンは、一生結婚しないと誓い、イランから人を呼んで美しい廟を建てたというお話です。

ということで、その美しい廟がこちら。小さいですが、確かに美しいものです。廟の周りを右から左に反時計回りに手を添えて7周すると、18歳に若返るとか、病気が治るといわれていると聞いて、早速まわってみました。

アイシャ・ビビ廟


彫刻はとても細かく美しいですが、何だかとても新しいもののように見えます。12世紀のものとしては修復したにせよ、まるでさっき作ったかのような出来栄えです。聞いてみたら、やっぱり修復というかほぼ建て直されたようです。

アイシャ・ビビ廟の美しい彫刻


ですが、よく見ると部分的にすごく古いものもあります。一部はオリジナルが残っているのでしょう。

アイシャ・ビビ廟の古い装飾レンガ


目が回りそうになりながら7周した後は中に入ってみます。入口の上の彫刻もとても細かいです。こうして近くで見ると王の愛情を感じますが、最初遠くから見たときは、ちっちゃ、しょぼいなぁと思ってしまう大きさなのです。

アイシャ・ビビ廟の正面ドア上の彫刻


中にはレプリカのお墓があるだけです。ときおり参拝者がお祈りをしているので、邪魔しないように静かに見学します。といっても、とっても小さいし、内部には特に彫刻とかないので、そう長居もしませんが。中は廟なので、土足厳禁、女性はスカーフ着用です。

アイシャ・ビビ廟内部


となりの乳母の廟も見学します。遠くから見たら同じような感じに見えましたが、装飾は簡素なものでした。この乳母ババジ・カトゥンはその後長くカラハンに仕えたそうです。

アイシャ・ビビ廟とババジ・カトゥン廟


清々しい緑や、バラの花などを植えられた庭園の中に佇む2つの廟は小さいながらほっこりするものでした。廟の入口の脇にあるトイレに寄ります。うーん、建物があったからほっとしたのもつかの間、ついたてと穴があるだけ。床はどう見ても土で、穴も崩れそうな心もとないもの、青空よりマシ?と人がいないの確認してここで済ませておくことにしました。

アイシャ・ビビ廟のトイレ


アイシャ・ビビ廟の入口付近には小さなお土産屋さんも数軒あります。売っているものもどこで買ったかわからなくなるような微妙なものばかりでしたが・・・。

アイシャ・ビビ廟のお土産屋


12:05 アイシャ・ビビ廟を出発です。タラズの町中にあるレストランへと向います。
タラズの町も特に何もない町でした。通りがけに見た大きなモスクは、朝シムケントで見たのと同じアラブの王族が寄付したものだそうです。

タラズのモスク


12:40 24時間オープンのファストフード店でLunchです。といっても奥のきれいな部屋にちゃんと一品ずつ運んでくれました。

24時間営業のファストフードレストラン


ビール500mlは300テンゲ(約200円)。いつものサラダ、肉団子スープ、となぜか先にケーキ。

前菜


メインはタイ風肉料理、だそうです。どうタイ風なのかよくわかりませんでしたが、おいしかったです。

カザフスタンで食べるタイ風料理


バスに乗る前に目の前にあった小さな商店でビール500ml缶を3缶購入しました。値札は150テンゲ前後だったと思います。つまり1缶約100円。思っていたよりも物価は高いようです。

次回は、タラス川の戦いの古戦場跡をレポートします♪

カザフスタン・タラズ(タラス川の戦いの古戦場跡)

2013/10/06 (3日目) 続き

14:00 タラズのレストランからバスで15分、タラス川の戦いの古戦場跡、につきました。
高台の展望スポットから古戦場を見下ろすようです。8世紀半ば、唐軍とアラブ軍の合戦があった歴史の舞台だそうです。

タラス川の戦いの古戦場跡


高台の先には、2つの廟がありますが、8世紀の戦いには何の関係もないものです。手前のものが、18世紀の英雄マンデット・バラル、奥が10世紀の英雄テクトルマスのものだそうです。地元の人にとってはこの丘の主役はこの廟です。

タラス川の戦いの古戦場跡の丘にある2つの廟


丘の上から川を見下ろします。当時は川幅が1㎞もあったとか、大きな合戦だったようです。この戦いで、当時紙を使う技術をもっていた中国の人が抑留され、その技術が西方へ伝わったと言われています。

タラス川の戦いの古戦場跡


今では、家畜が水を飲みにきたり、洗車に来る人もいる生活に密着した川になっていて、昔戦いがあったことなど現地の人たちはほとんど知らないのだそうです。

タラス川を渡る牛など


廟を覗きながら、廟の裏の丘の先端まで行きます。大した高さの丘ではありませんが、見晴らしがとてもよさそうです。

廟の裏の展望スペース


過去に大きな戦いがあった地というのは、大抵交通の要衝にあり、栄えた場所が多いですが、ここも10~12世紀にはカラ・ハン朝の首都として栄えたそうです。

タラス川対岸


ふと目を川沿いにやると馬が一頭佇んでいます。渡ろうかどうしようか、なんとなく、馬の気持が伝わってくるかのようです。長い間躊躇した後、深くはない川へと入っていきました。

タラス川に佇む馬


対岸には緑も多く、家もたくさん見られますが、手前の丘は殺伐とした感じになっています。実はただの空き地ではありません。

タラス川の丘


周辺の丘は、実は昔のお墓です。肉眼だとよく見ないとわかりませんが、ぽつぽつと囲いや墓石のようなものが見られます。川ひとつはさんで対岸との景色の違いが印象的です。

古い墓地


丘から少し降りてみました。タラズは三蔵法師も立ち寄ったといわれる町で、同じ川が流れるこの先のキルギスにもタラスという名前の町がありややこしいです。この周辺は歴史があるのに、旧ソ連時代に多くことが忘れ去られてしまったようです。

丘を下る


14:30 古戦場跡を出発し、キルギスとの国境へと向かいます。
16:30 トイレ休憩として、高速脇に作られたスペースで停まります。ちょっとし駐車スペースというか路肩が広いだけというか・・・。蜂蜜売りが商売していました。

カザフスタンの高速道路の休憩所


周辺の景色はこんな感じ。背景に家と思われる建造物が見える以外はいつもこんな風景が続きます。この写真にも中央付近に動物の群れが小さく写っています。人より動物が圧倒的に多く見られる国です。今日も気温は35℃ほどで暑いです・・・。

カザフスタンの車窓景色


こちらが高速上に設けられたトイレ。一見きれいに見える囲いがあるだけで、実はドアもなく、穴だけのぼっとん、でした。いえ、完璧な囲いがあればかなりマシな方なんです。せめてこれでもいいから、何キロおきとかで設置して欲しいものです。

カザフスタンの高速道路上のトイレ


17:45 チャルタバル国境へとやってきました。
スーツケースや手荷物など全ての荷物を自分で持って、まずカザフスタンを出国です。荷物はセキュリティなどに通すわけでもなく意味がないように思います。窓口は割り込みがひどいので注意です。

チャルタバル国境を越えキルギスへ


出国後はそのまま荷物を引きずってキルギス入国の建物へ向かいますが、これが悪路です。せめて道は平らにして欲しいです。入国は、パスポートのみ、既に観光シーズンは終り、観光客はほとんどいないので、ほとんど並ばずすんなり入国できました。

出るとすぐに両替屋が何件か並んでいるので両替をします。どこもレートは一緒だけど、高額紙幣のみの所もあります。あまり現地通貨を使うこともないだろうと、20ドル(旧札OK)を972ソムに両替しました。日本円は扱われていません。

18:30 出入国、両替、トイレなど含めて最後にバスを待ち、45分で通過できました。荷物を引きずるのに体力使いましたけどね。これから首都ビシケクへと向かいます。

次回はビシケク~アク・ベシム遺跡をレポートの予定です♪
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aya1103

Author:aya1103
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