イスラエル・ダリヤットエルカルメル~アッコー聖ヨハネ騎士団の要塞跡

2013/12/08 (2日目) 続き

12:25 ナハル・メアロットを出発、ほどなくカルメル山に沿って、カルメルパークに入ります。緑が多く、雨の少ないイスラエルでは大事にされている山です。カルメル山は、山というより長~い大きな丘、延々何十キロも高台が続いているような感じです。

カルメルパーク


カーブは多いものの、舗装状態のとても良い道路を上っていくと、緑が少なくなってきました。3年前、2010年に大きな森林火災があり、今まだ緑が戻っていない状況です。延々と山火事の黒い跡が続きます。

カルメル山の山火事の跡が痛々しい


途中、山の上の刑務所前なども通り、やっと町が見えてきました。ダリヤット・エル・カルメル(Daliyat el-Carmel)という町です。ここはイスラム教から出た少数派の宗教ドルーズ派の町で、ユダヤ人、パレスチナ人とも一線を画した生活をしているそうです。

ダリヤット・エル・カルメル(Daliyat el-Carmel)


12:55 ダリヤット・エル・カルメルのSamirというレストランでドルーズ式ランチです。簡単に言うとアラブ式、アルコールの提供もないです。中東各国で見られるのと似たアラブ風前菜が食卓に次々並びます。

ドルーズ式ランチの前菜


メインは炭火で焼いたチキン。このチキンも、パンもとてもおいしかったです。

ドルーズ式ランチ


食事の話のついでにイスラエルを旅する上で重要なお話を書いておきます。イスラエルにはコシェルというユダヤ教の食事に関するルールがあります。ホテルやレストランがユダヤ系であれば観光客と言えど関係大有りです。

コシェル2原則
・豚等と鱗のないものは食べない。(蹄が分かれ反芻する動物はOK)
・肉と乳製品を同時に食べない。
ということで、肉料理の場合は、パンにバターも、コーヒーにミルクもつきません。逆に朝は乳製品中心なので、ハムベーコンソーセージなどはつきません。

日本などから持ち込んだ食品はコシェルから外れるので、公の場所では食べない、見せないようにと注意を受けます。梅干の種を残すとか、醤油の器を残すとか、カップヌードルのお湯もらいにいくとかNGということです。もちろんホテルの部屋でこっそり食べるのは大丈夫です。

さて、食後バスの出発時間まで少し時間があったので、隣にあった商店を覗いてみました。
びっくりすることに、大抵のものが日本で買うより高い値段で売られています。少し大きめのチョコレートバーが12シュケル(360円)とか、物価がかなり高いことを思い知らされます。

ダリヤット・エル・カルメル(Daliyat el-Carmel)の商店


13:45 ダリヤット・エル・カルメルを出発し、エズレル平野とカルメル山の間を通って北へ向かいます。天気がとても変わりやすく、雨が降ったり止んだり・・・。
14:40 新しくできた橋を渡りアッコーへ向かいます。橋からの港町アッコーの景色がとても素敵でした。4000年の歴史のある町です。

アッコーへの道


14:45 アッコーは十字軍にまつわる町として有名ですが、聖ヨハネ騎士団の要塞跡から観光スタートです。入り口付近の要塞を見ても保存状態の良さが伺えます。それにしても、手前の芝生にある木製の扉が気になります。秘密の通路の出口でしょうか。

聖ヨハネ騎士団の要塞


この要塞はガイドブックでは「十字軍の町」として紹介されています。入り口から入ると、約1000年前のゴシック建築様式のアーチ天井が見えます。石は砂岩です。なんとなくスペインあたりにいる気分になります。

1000年前のゴシック建築様式のアーチ天井


いくつもの大きい広間が連なった騎士団のホールの出入り口付近からは、中庭が広がっています。とても立派な要塞だったようです。

聖ヨハネ騎士団の要塞の中庭


こちらは大ホール(The Pillars Hall)、なんだかイベントの準備中のようですが、設置してあった看板によるとどうやら修復中らしいです。何度か書き直された痕跡のある終了予定は2014年春となっていました。

聖ヨハネ騎士団の要塞跡の修復中の大ホール


大ホールには柵で囲まれた一段低い部分がありますが、この下が、かつての地面だった場所だそうです。現在の地面からはかなり下のようです。

かつての地面


次は中庭の奥にあった別のホールへ入ります。他の部屋と違って柱が丸いのが特徴です。
ここは大食堂だった場所だそうです。といっても、どのホールも空間以外は何も残っていないので往時の様子を想像するのは簡単ではありません。

聖ヨハネ騎士団の要塞跡のダイニングルーム


大食堂の入り口脇に地下通路への入り口があります。このトンネルは人が一人ちょうど通れるサイズで、中腰にならなくてはいけないところもあります。資料によると350m、順路は一本ですが、途中には枝道もあり、上から降りてくる穴とかもあります。物資の輸送や港への逃げ道として使われたようです。冒険気分が味わえる雰囲気満点の地下トンネルでした。

聖ヨハネ騎士団の要塞跡の地下トンネル


何度か曲がりながら、長く感じるトンネルを出た先はThe Cryptという所で、守衛所とかホスピスとかだったらしいです。奥には墓石もあり、まだ発掘中という感じの場所も多い所でした。

聖ヨハネ騎士団の要塞跡はまだまだ発掘中の模様


この要塞、部屋の配置や地下の通路など迷路状態で、あちこちにドアや通路がある複雑な構造でした。探検心がくすぐられるワクワクする場所でとても楽しかったです。

次回はアッコー旧市街をレポートの予定です♪

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No title

十字軍の話が好きなので、アッコーなんて読むと「おおッ」となりますね。
ここに騎士団がいたのだと思うとワクワクします。

次のレポートも楽しみです。

Re: No title

十字軍に詳しい人じゃないとアッコーなんて言ってもどこそれ、の人が多いと思います。
柱の陰から今にも騎士が出てきそうな、そんな雰囲気のある要塞でした。
でも、私でもトンネル狭いくらいだったから、装備は思ったより身軽だったのかも知れない?
なんてどうでもいいこと考えちゃいました♪

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