トルコ・カルス~アニ遺跡
暑さと食事と寝不足で一時ダウンしていましたが、その後Internetに接続できないまま、本日無事に帰国しました。それでは、旅レポート再開です♪
2011/07/12 (3日目) 続き
9:35 エルズルムからカルスへ向けてバスで移動。
渓谷沿いの見事な景色の道を走る。ちょっと違うけど、私の好きなモロッコ南部を思い起こす。

ときおり、蜂蜜の巣箱を見かける。このあたりは養蜂がさかんなのだそう。
睡魔と頭痛に負けながらも時折起きては美しい景気を楽しむ。道路は想定していたよりかなり舗装状態が良いが、ときおり工事中と思われるかなり揺れる道もある。

12:30 カルスに着くも、街の中心部の道が工事中でバスが進めずに、歩いてRSTのあるHTLへ。

立地のよいホテルの最上階にあるレストランにてLunch。カルス城塞が見える絶好の眺望。
グラスワイン(10TL)を頼んだら、1Fのバーから持ってくると言ったきりなかなか来ず、メインより後に持ってきた。とてもおいしいワインだったので待ったかいがありました。

食後は、ホテルの前にあった、ハチの巣のままの蜂蜜などが売っているお店を数軒覗く。残念なことに、500mlの瓶や、巣の形のものも20cm角以上と大きいか、パッケージが日本まで持ち帰れないようなものばかり。値段は、1kgあたり15TL~50TL程。

15:00 楽しみにしていたアニ遺跡に到着。
ウラルトゥ時代からの古い町で、971年にアルメニアのバグラト王朝のアショット3世が遷都してから急速に発展、最盛期には10万人を超える人口と、1001を数える教会があったという。
アルスラン・カプス(獅子の門)から入ると広い草原が広がる。

小さな野草が咲き、黄緑の絨毯の地にポツンポツンと遺跡が残っている。日差しが強い。風があって暑さがまだ耐えられる。先月の方が暑くて入り口で待っていると行った人も何人かいて、歩いていても無駄話はできなかったそう。メインストリートだったと思われるところを歩く。

1064年ビザンティンの領土になり、グルジア、モンゴルの侵入で町は破壊され、衰退の一途をたどり、1319年の大地震でかなり崩れてしまった。現在はまったくの廃墟となっていて、いくつかの教会などがあまり手を入れられないまま残されている。
遺跡の中心には、1001年に建てられたカテドラル。天井のドームは大地震で落ちているが、保存状態はなかなか良い。内部は危険ということで、入口から覗くだけにとどめる。

メニュチェフルジャーミィまで来ると、素晴らしい景色に声を失う。深い渓谷とアルパチャイ川(大麦の川)が目の前のアルメニアとの国境となっている。まさに国境すれすれにあるアルメニア遺跡にいるという実感がこみ上げる。

ここから、眼下に見下ろす蛇行した川の向こうは、すぐアルメニア。対岸には監視塔も見える。川にかかる橋は壊れたまま放置され、そこがシルクロードの一部だったとは信じられない。

遺跡の大部分は広い草原だけれど、そこかしこに咲く小さな花が暑い中歩く観光客を飽きさせない。
花には全く詳しくないので、ただ小さく可愛い花としか紹介できませんが・・・。


落ちた橋へと続く川へ降りて行く道を示す看板は、そこがシルクロードだったことを語っている。
今はかつての人通りはなく、広い遺跡を見て周る観光客すら数える程。

アニ遺跡は全体の景観が素晴らしく、そのままの状態で整備などほとんどされていないし、草花がキレイで、大変気に入った。暑かったけど風が強まってきてちょうど心地よかった。
遺跡の外にもお土産屋など一切ない。休みに入った子供たちが水を売りにくる程度で、まさに辺境の遺跡。16:10アニ遺跡を出てアララト山の麓、ドゥバヤズットへ向かう。

次回はアララト山麓をレポートします♪
2011/07/12 (3日目) 続き
9:35 エルズルムからカルスへ向けてバスで移動。
渓谷沿いの見事な景色の道を走る。ちょっと違うけど、私の好きなモロッコ南部を思い起こす。

ときおり、蜂蜜の巣箱を見かける。このあたりは養蜂がさかんなのだそう。
睡魔と頭痛に負けながらも時折起きては美しい景気を楽しむ。道路は想定していたよりかなり舗装状態が良いが、ときおり工事中と思われるかなり揺れる道もある。

12:30 カルスに着くも、街の中心部の道が工事中でバスが進めずに、歩いてRSTのあるHTLへ。

立地のよいホテルの最上階にあるレストランにてLunch。カルス城塞が見える絶好の眺望。
グラスワイン(10TL)を頼んだら、1Fのバーから持ってくると言ったきりなかなか来ず、メインより後に持ってきた。とてもおいしいワインだったので待ったかいがありました。

食後は、ホテルの前にあった、ハチの巣のままの蜂蜜などが売っているお店を数軒覗く。残念なことに、500mlの瓶や、巣の形のものも20cm角以上と大きいか、パッケージが日本まで持ち帰れないようなものばかり。値段は、1kgあたり15TL~50TL程。

15:00 楽しみにしていたアニ遺跡に到着。
ウラルトゥ時代からの古い町で、971年にアルメニアのバグラト王朝のアショット3世が遷都してから急速に発展、最盛期には10万人を超える人口と、1001を数える教会があったという。
アルスラン・カプス(獅子の門)から入ると広い草原が広がる。

小さな野草が咲き、黄緑の絨毯の地にポツンポツンと遺跡が残っている。日差しが強い。風があって暑さがまだ耐えられる。先月の方が暑くて入り口で待っていると行った人も何人かいて、歩いていても無駄話はできなかったそう。メインストリートだったと思われるところを歩く。

1064年ビザンティンの領土になり、グルジア、モンゴルの侵入で町は破壊され、衰退の一途をたどり、1319年の大地震でかなり崩れてしまった。現在はまったくの廃墟となっていて、いくつかの教会などがあまり手を入れられないまま残されている。
遺跡の中心には、1001年に建てられたカテドラル。天井のドームは大地震で落ちているが、保存状態はなかなか良い。内部は危険ということで、入口から覗くだけにとどめる。

メニュチェフルジャーミィまで来ると、素晴らしい景色に声を失う。深い渓谷とアルパチャイ川(大麦の川)が目の前のアルメニアとの国境となっている。まさに国境すれすれにあるアルメニア遺跡にいるという実感がこみ上げる。

ここから、眼下に見下ろす蛇行した川の向こうは、すぐアルメニア。対岸には監視塔も見える。川にかかる橋は壊れたまま放置され、そこがシルクロードの一部だったとは信じられない。

遺跡の大部分は広い草原だけれど、そこかしこに咲く小さな花が暑い中歩く観光客を飽きさせない。
花には全く詳しくないので、ただ小さく可愛い花としか紹介できませんが・・・。


落ちた橋へと続く川へ降りて行く道を示す看板は、そこがシルクロードだったことを語っている。
今はかつての人通りはなく、広い遺跡を見て周る観光客すら数える程。

アニ遺跡は全体の景観が素晴らしく、そのままの状態で整備などほとんどされていないし、草花がキレイで、大変気に入った。暑かったけど風が強まってきてちょうど心地よかった。
遺跡の外にもお土産屋など一切ない。休みに入った子供たちが水を売りにくる程度で、まさに辺境の遺跡。16:10アニ遺跡を出てアララト山の麓、ドゥバヤズットへ向かう。

次回はアララト山麓をレポートします♪