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アゼルバイジャン・バクー郊外(拝火教寺院)

今回から6~7月に行ったコーカサス3ヵ国の旅レポートスタートです。
阪急交通社の「アゼルバイジャン・ジョージア・アルメニア8日間」のツアーに旅ともさんと参加、旅費は諸税込で1人約28万円です。14PAX。

出発の2日前、添乗員さんからの電話で初めて、添乗員他数名が大阪から来ることを聞きました。最近は、別の出発地からの合流がある場合はその旨募集パンフレットや最終行程表などに記載があるものなのに、なかったのが残念です。

2017/06/26 (1日目)

今回の旅では訪れる3か国はそれぞれ独自の通貨になりますが、現地での両替になります。また日本円からは両替がほぼできないため米ドルを持って行きますが、米ドルが直接使えることもあるので、1~10ドル紙幣が重宝します。

22:00 QR-807便にてドーハへ。搭乗レポートはこちら

2017/06/27 (2日目)

3:40 ドーハ到着です。乗継のセキュリティを通ったら、どでかい熊のぬいぐるみがあるホールに出ます。私にはどうしても宇宙人にしか見えません。ここに5:45集合で解散です。今回空港ラウンジは使えないので、熊の右裏に静かで空いている椅子があるのでそこで休憩します。

ドーハ国際空港


集合後、宇宙船ぽいシャトルでゲートの近くまで移動、この空港はあちこち宇宙ぽいデザインのような気がします。
6:50発のQR-251便に乗り込みます。バクー経由のトビリシ行で、ほぼ満席でしたが、乗ってから機材整備のため遅延、を告げられます。8:30ようやく動き出しました。深夜便からの乗継なので、すっかり疲れてしまいました。着いてすぐ観光なのできついですね。

12:15 バクー到着です。私たちはここで降りますが、終点まで行く人たちは乗ったままです。出発が遅れたため、もうトビリシについたと勘違いする人も多く、混乱が生じました。
私たちの他に日本人のグループが2組も乗っていたのが、それもびっくりでした。シーズンとは言え、日本の団体が3組も同じ便でコーカサスとは、それほど日本人に人気があると思っていなかったのです。

飛行機降りたらアゼルバイジャンに入国です。旅行会社を通して事前に取得したビザで、何も聞かれることなくスムーズに終わりました。荷物をピックアップ後、両替を案内されますが、必要ないと判断して両替しませんでした(結果、必要ありませんでした。理由は後述します。)。

13:10 現地の英語ガイドとミートし、空港をバスで出発します。大型観光バスに14名なので楽々です。しばらく走るとさっそく油田が見えて来ました。あちこちにやぐらがいっぱいです。石油掘削機とはもっと大きいのが少数あると思ってましたが、小さいのが無数にあります。これらは国営の会社が運営しています。

バクー郊外の油田風景


13:25 最初の観光地、拝火教寺院に到着です。2012年に修復したばかりだそうで、周りの壁などは新しいです。

拝火教寺院入口


外に出ると、一言、暑い。カスピ海からの風が唯一の救いですが、風を少しだけ涼しく感じるだけで猛烈に暑いです。拝火教寺院本体は、この塀の中のようです。さっそく日傘をさすと、それ持ってきたの?折り畳みじゃないの持ってきた人初めて見たと言われます。傘は飛行機内にも持ち込めるんですよ、とあえて期待と違う答え方をしてみました。

拝火教寺院


中に入ると、こんな形になっています。壁の周りに沿って小部屋が並び、内側は中庭のようになっていて、その真ん中に崇拝の対象の消えない火がある小さな建物があります。

拝火教寺院内部の配置


実物です。拝火教はゾロアスター教とも言い、古くは紀元前7世紀頃に元を発する世界最初の一神教です。地面から上がっている自然の火を見て、火を崇拝するようになったようです。この寺院も、元はペルシャ人が作ったもので、紀元前2世紀頃からの歴史があるそうです。

拝火教寺院内部


こちらが寺院のメインの燃え続ける火です。昔は地面から漏れる天然ガスが燃えていたのですが、1964年の整備以来、ガスを使った人工の火となっているそうです。屋根がついてて日陰になっているからいいものの、この暑さの中で火を崇めた神経は理解できるものではありません。

崇拝の対象燃え続ける火


次は周りの小部屋などを覗きます。
こちらは野菜貯蔵庫の奥の暗い穴を覗いたら、お祈りのシーンなるものが再現されていました。暗闇で見ると結構怖いです。

拝火教お祈りのシーン再現


周囲の部屋はキャラバンサライのような使われ方をしたものもあります。主に、インドの商人が塩や油を商ったそうです。こちらはアニマルキャラバンサライですね。塩を運ばせた動物などを休ませているイメージです。

拝火教寺院内アニマルキャラバンサライ


こちらのシーンは、青い服の人は商人、僧にお布施をしているところです。忙しくてお祈りとかできないのを勘弁して下さいとお金で信仰心を表そうとしているようです。

商人と僧侶の再現シーン


外へ出ると、丸い台の上でも火が燃えています。これも崇めるための火の台かなと思いきや、お墓だそうです。拝火教は鳥葬や風葬でしたが、土葬もしてたらしいです。

丸いのはお墓


ここは1860年に石油の採掘がはじまった影響で、火が出なくなってきて、ついに1885年に火が消え、4年待ったそうですが火は復活せず、1889年に寺院を移ったそうで、今は博物館的な役割をしています。下に転がっているパイプは19世紀のガスパイプです。一見なんだかよくわからないものも、各時代の遺物なのです。

拝火教寺院内部に転がる19世紀のガスパイプ


その次は荒行のシーンを再現させた小部屋などが続きます。わざと重い鎖を死ぬまで付けてた人とかも、自然の火を拝みながら修行したそうです。写真は、石の台の上で死を待つ人を再現しています。

史を待つ人の再現シーン


ゾロアスター教はベジタリアンだそうです。果物を供えるお祈りのシーンです。

火に果物を捧げる再現シーン


最後に博物館的な部屋を周ります。2世紀からの寺院の歴史などが説明されています。ロシアの支配下では寺院は閉鎖されましたが、1964年に唯一集まりがあったそうです。関連の展示物などもあります。

拝火教寺院の歴史と遺物を紹介


1410 拝火教寺院を出て、街の中心の方へと向かいます。

次回は近代的なバクーの街をレポートします♪

アゼルバイジャン・バクー新市街と食事事情

2017/06/27 (2日目) 続き

拝火教寺院からバスで15分も走ると、今までと全く違う街並みが見えてきました。バクーは2016年、2020年とオリンピック開催地に立候補した街なのです。ここ10年、オイルマネーで急速に発展しているので、出来立ての街みたいです。東京じゃなくてここでオリンピックすれば良かったのにと思ってしまいます。

バクー新市街


大きな建物が点々と続きます。内モンゴルのオルドスでも似たような景色を見ましたが、あそこはできたまま、または途中のまま廃墟って感じでした。こちらはまだこれから、というエネルギーを感じます。流線形の建物は文化センター、ザハ・ハディド氏の設計です。

ザハ氏設計文化センター


文化センターの前は広大な公園です。新市街は空間に余裕がたっぷり、道路もとてもきれいです。いつでもオリンピックができそうな気さえします。

文化センター前の広場


14:45 ランチのお店に行くためにバスを降ります。飛行機が遅延したのでこんな時間になってしまいました。大通りはフェンスで囲まれ何やら観覧席ができています。最近、F1レースが行われたそうです。お店の近くまでバスで行けないのはそのためかも知れません。

F1レースの名残


ここは普段から歩行者専用かな?きれいな街並みです。近代的なショップやレストラン、世界的チェーン店が立ち並びます。西欧の大都市と変わらない感じです。ハードロックカフェやスターバックスカフェなどもあります。

バクー新市街


一番驚くのは道行く人々の格好です。ここはイスラムの国ですが、西欧やアメリカなどと変わらない格好で、若い女性も肌を出しまくって歩いています。イランと同じシーア派ですが、ソ連時代に宗教色が全て排除された影響のようです。世界でも最もイスラムぽくないイスラムの国だろうとベテラン添乗員もいいます。

バクー新市街


10分ほど歩いてレストランに到着です。地下のレストラン、既に15時近いというのにやたらと繁盛していました。洞窟のような個室でランチを頂きます。

バクー市内の地下のレストラン


さて、アゼルバイジャンの食事ですが、まず事前にテーブルごとに前菜がセットされています。大抵数種類あり、自分の皿に好きなだけ取り分けます。

前菜


しかも飲物付きです。自家製ジュース、水、炭酸ジュース。コーカサスのツアー旅行では飲物がついている事が多く、お小遣いがほとんど要りません(ワインが付くことも多いです)。

飲物


前菜を食べているとスープが来ました。これ、器が大きくなみなみと入っています。トマト味でチーズがたっぷりと入っていて大変濃厚でおいしいのですが、これだけでお腹いっぱいになりそうです。

スープ


次に運ばれてきたのは薄い生地に具を入れて焼いたものです。ハーブのと、ひき肉のと2種類あります。コーカサスでは塩味が強いと案内されましたが、そんなにしょっぱいものはないように思います。ハーブが使われていることが多く、最初はちょっと苦手というのがあっても、段々慣れます。

アゼルバイジャン料理


さて、もうお腹いっぱいって時になって、どんとメインがやって来ました。ケバブです。しかも3,4種類もあります・・・。この後観光なのに動けなくなります。出されるもの全部食べたら大変なことになりそうです。

ケバブ


最後に必ずチャイが出ます。必ずお茶受けも・・・。これは今後はちゃんと考えて食べないと確実に太ります(考えたはずでしたが2㎏は太りました)。

食後のお茶


16:10 レストランを出て、いったんバスに戻り観光へ行く予定でしたが、F1レースのコースのこともあって、このまま歩いて観光に行ったほうが早いということになりました。重い体を引き摺るように観光に行きます。

あちこち通行止めがある中、旧市街の方へと向かいます。こちらはニザミ公園、ニザミ(Nizami)は、アゼルバイジャン出身の最も有名な詩人です。像も立っています。

ニザミ公園


その公園の下にあるのがこちら、文学博物館です。
まるで宮殿のような建物です。真っ青な空にちょっとクラクラ来ます。気温以上に暑さを感じます。

文学博物館


次回はバクー旧市街をレポートします♪

アゼルバイジャン・バクー旧市街①

2017/06/27 (2日目) 続き

16:20 F1のために作られた仮設の陸橋を渡り、いよいよバクー旧市街へとやってきました。
あの城壁の中が旧市街です。

バクー旧市街の城壁の門のひとつ


城壁はかつて二重だったそうですが、現在は内側のもののみが残っています。12世紀の城壁、かなり堅固な作りで、城壁好きの私はちょっとテンションがあがります。

バクー旧市街の城壁


内側の旧市街に入ると、新市街とはガラッと雰囲気が変わります。と言っても、小奇麗な街という印象です。城壁に沿って坂を上ります。

バクー旧市街城壁沿い


それでも旧市街らしさを醸し出いしているのは何だろう?城壁の存在だけではありません。この木のバルコニーかな?

バクー旧市街の家並み


右手の城壁は一部レストランなども作られています。城壁の上は歩けるようにはなっていませんが、少し整備したら歩けそうな場所は何か所か見られます。それにしても、この日差し、日向に出るのは勇気がいります。ランチだけと思って傘をおいてきてしまったのが悔やまれます。

バクー旧市街内側から見た城壁


所々には大砲なども置いてあります。ここはシルクロードの中継地点だったのです。
この旧市街は世界遺産に登録されています。

バクー旧市街の城壁にある大砲


さて、旧市街の観光のメインでもある、シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿前にやって来ました。シルヴァン朝の3人の王によって建てられた王宮です。右に見えるのはフレイムタワー、炎のタワーと名付けられたバクーの近代的な高層ビルです。

シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿とフレイムタワー


16:35 宮殿内に入場です。こじんまりとした複合施設で、最初の中庭の正面にあるのが王の居住区です。王宮にしてはあっさりした外観です。この左手に執務室や会議室の建物もあります。さぁ今日のメインの観光ですよというこの時、最初の異変を感じました。熱中症の兆候です。何度も経験している私はこの気配に敏感です。

シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿の王の居住区


慌てて近くの木の影に入ります。アプリコットの木でした。実がたわわになっています。
干し杏は私の大好物です。

シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿の中庭にあるあんずの木


さて、王の居住区へと入ります。当時の王朝の領土や、王族の系図などで歴史を学びます。
ライオンの国という王朝名ですが、1192年の地震によって宮殿をバクーに移転しました。第34~36代の王が実際にここに住んだそうです。入口は狭く、奥に行くこの通路とかワクワクします。

シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿の王の居住区の内部


時計周りに内部を見学します。大小いろんな部屋があり、現在は各部屋に少しずつ展示があります。その当時のものと言うより、19世紀頃のものが多いようです。私は段々気分が悪くなって、おとなしくガイドさんの説明を聞いていられなくなってきました。

シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿内の展示品


謁見の間なる所に辿り着くころには、倒れるかも?という状態になっていました。座る所がないのでしゃがみ込みます。謁見の間にはバクー旧市街のジオラマが展示されています。早く見学終わってという気持ちと、見学終わったら日向に出なくちゃいけなくてもっとダメかも、とかいろんな思いが錯綜します。

シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿内の謁見の間にあるバクー旧市街のジオラマ


宮殿を出たら、教育区の方へと移動です。ゆっくりゆっくり皆の最後を歩きます。やたら急な階段です。意識を集中させないと、ここでふらっと来て倒れたら大怪我します。

シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿内にある急な階段


やってきたのは、こちら、14世紀のモスクですが、三角の屋根がある所は、マラドサ(教育施設)を作った人のお墓(15世紀)になっています。ここでトイレに行きたいという人が出て、しばし休憩になりました。先ほどまで吐気が強まった時のためにトイレの場所を知りたいと思っていた私ですが、いざトイレがすぐそこにあると思うと、吐気は収まりました。

シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿のモスクと霊廟


周囲にはどこかで発見されたとか言う石板が展示されています。
私には文字が絵のように見えます。この日影でしばらく座り込んでいたら、ちょっと元気になってきました。ピークは過ぎた感じがします。

シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿の外に展示されている石板


ということで、トイレの人達を待っている間にお墓を覗くことにしました。
階段というか、すごい斜度で狭い通路でそのお墓が設置されている地下に行けます。中は真っ暗で肝試し状態です。目が慣れたら、狭い空間の真ん中に石棺のような形のお墓が見えました。今回のツアーもシニアがほとんどなので、こんな所は案内できませんね。トイレ待ちがあって良かったです(見れる所は見ないと気が済まない・・・)。

霊廟の入口


次回はバクー旧市街の続きをレポートします♪
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aya1103

Author:aya1103
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