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ブルガリア・プロブディフ新市街

2014/06/08 (6日目) 続き

20:50 ネベット・テペでサンセットを見た後は一気にあたりが暗くなります。ヒサル・カピヤ(要塞門)をくぐって、ラウンド・タワーに立ち寄りました。プロブディフは古代の遺跡がちらほら街中に見られるのです。裏にあるレストランの雰囲気も素敵ですが、おそらくローマやマケドニアなどいくつもの時代の石組みの上に建っているはずです。

ラウンドタワー


人通りがいよいよ少なくなってきたのでそろそろ帰路に着くことにします。旧市街を南に行き、聖処女教会の所から新市街へ下ります。夜の静寂の中で見る聖聖女教会の鐘楼がとても素敵です。坂を下りて、ジュマヤ広場に向かう途中、フランス語話せるかと声をかけられました。相変わらず海外でも声をかけられる頻度が高いです。

聖処女教会(聖母教会)


プロブディフの中心広場であるジュマヤ広場は2000年の歴史が残る広場です。脇には14世紀のジュマヤ・ジャーミヤが建っているかと思えば、なんと広場にはえぐれた様に大きな穴が開き、ローマ劇場のような石段が見えます。

ジュマヤ・ジャーミィとジュマヤ広場のローマ競技場跡


3世紀のローマの競技場跡です。競技場は細長いもので、全長190mもあったそうですが、広場の下はちょうど北端に当たる部分です。収容人数は3万人ほどだったそうです。
それにしても街のど真ん中にこんな遺跡が共存して残っていると言うのはおもしろいです。

広場の地下に残るローマ競技場跡の一部


ジュマヤ広場からホテルのある中央広場まではまっすぐアレクサンダル・バテンベルグ通りを南下するだけです。丘に囲まれたこの辺りは新市街です。きれいな通りにはおしゃれなお店も多く洗練された雰囲気です。

夜のアレクサンダル・バテンベルグ通り


21:25ホテルに帰着です。特に旧市街は坂が多く、石畳なので足がとても疲れました。
夜の街は雰囲気がきれいだからか、怖いという印象は全くありませんでした。新市街はそこそこ人手があり、デートを楽しむ若者も多かったです。

夜の市庁舎前広場


22:40外から大きな音が聞こえます。何事かと窓から外を見ると、旧市街の方面で花火が上がっています。かろうじてローマ劇場のライトアップは見えますが、旧市街のある丘全体は闇に包まれて何も見えません。ネベット・テペの方角で花火が上がっているようです。初めて花火を撮ってみましたが、花火モードなるものがイマイチでオートの方が良く撮れると学びました。

プロブディフ旧市街の丘で花火


2014/06/09 (7日目)

朝起きて窓の外を眺めます。昨晩散策したので、かなり土地勘がつきました。
この中央広場も古代の遺跡を見ることができます。ローマのように古代の街の上に現代の街があるのです。

プロブディフ中央広場付近の遺跡と旧市街


9:00 ホテルを出発、徒歩にてプロブディフ観光へと向かいます。まずは中央広場周辺の遺跡から。ローマ時代の道の跡や、トラキヤの遺跡が見られます。いろんな時代のものが積み上がっているのですが、たとえば小さい石はマケドニア時代、レンガはローマ、などと見分けます。この辺りはフォーラムの一部でした。

プロブディフ中央広場付近の多層に渡る古代遺跡


昨晩の一人歩きとは逆にアレクサンダル・バテンベルグ通りを北へと歩きます。この通りの下は競技場があった所です。

アレクサンダル・バテンベルグ通り


プロブディフには街の片隅に変わった銅像を見ることができます。
一緒に記念写真を撮るようなタイプのもので、他にも見たことがあります。

プロブディフの銅像


アレクサンダル・バテンベルグ通りで途中、デパートのような建物に入りました。買い物ではありません。地下に案内されると、この通り、遺跡が保存されています。競技場の一部です。

アレクサンダル・バテンベルグ通りの地下に残る競技場跡


そしてジュマヤ広場にやってきました。昼と夜とでは雰囲気がかなり違います。
広場を占拠するように競技場の一部が地面に埋もれています。大理石の観客席は保存状態がかなりいいです。

ジュマヤ広場


ジュマヤ広場にあった競技場の復元模型です。なるほど、これを見ればどうなっていたのかイメージが簡単にできます。写真奥の部分がジュマヤ広場にあたり、長い競技場は現在道の下に埋もれているというわけです。

プロブディフのローマ競技場復元模型


ジュマヤ・ジャーミヤを見学します。ローマの後はビザンチン、そしてブルガリア帝国、その後オスマントルコの支配下に入った時に教会跡に建てられました。内部は素朴な感じです。モスクの下には無料のトイレもあるし、カフェでトルココーヒーを飲んだりして一息つくのもいいでしょう。これから坂を上がって旧市街へと向かいます。

ジュマヤ・ジャーミヤ内部


次回は旧市街観光をレポートします♪
(ウルバンバからの更新でした)

ブルガリア・プロブディフ旧市街

2014/06/09 (7日目) 続き

10:00 ジュマヤ広場から坂を上り、旧市街へ入ります。現地ガイドを含め足の悪い方もいるのでゆっくりと急な坂を一歩一歩上ります。坂の途中には聖処女教会があり、3段の鐘楼は女性的なやさしさかわいらしさを感じるものです。

プロブディフ聖処女教会


聖処女教会内部に入ります。ミサをやっていたので終わるのをちょっと待ちます。
外観のかわいらしさに比べ中は荘厳な雰囲気です。

プロブディフ聖処女教会内部


さらに坂を上がりきると、2世紀のローマ劇場跡へと出ることができます。丘の崖を利用して作られたきれいな白い大理石の観客席がかなり残っています。3000~5000人の収容だったそうです。舞台背景スケネのイオニア式の柱も多数残っています。

プロブディフのローマ劇場跡


ローマ劇場を出たら更に東方面へ進みます。この辺りにも民族復興期に立てられた古い特徴的なお屋敷が建っています。手前の黄色い家は売りに出されていて、その奥のパープルの家は日本人によって修復された家だそうです。突き当たりのピンクの家がラ・マルティンハウスという有名な家です。

プロブディフ旧市街のお屋敷


ピンクのマルティンハウスは、イスタンブールバロックスタイルで、コナックと言います。コナックとは、金持ちで素敵な家とかお屋敷みたいな意味。建坪の割りに、大きな家にしようと2,3階を張り出させて広く作っています。夕べ一人で階段上ってきたのはこの家の東からでした。

ラ・マルティンハウス


こうした古いお屋敷はレストランやホテルなどに使われているものが多いです。あるレストランの壁の内側にはセマーや伝統的なブルガリアの結婚式の様子などが描かれていました。こうしたお屋敷めぐりもプロブディフ散策のちょっとした楽しみです。

10:45 旧市街を北の方へ進み聖コンスタンティン・エレナ教会へ来ました。建物は19世紀のものですが、歴史的には4世紀の初期キリスト教時代に起源がある教会です。ここは内部は薄暗く、写真NGですが、3段のイコノスタシスは見事です。

歴史のある聖コンスタンティン・エレナ教会


聖コンスタンティン・エレナ教会は団体がいっぺんに入れる教会ではないので、15分ほどのフリータイムになりました。この時間を利用してちょっと先のネベット・テペの遺跡まで旅ともさんを案内します。遺跡の先には新市街が開けていますが、街を囲む他の丘も見ることができます。3つの丘に囲まれた街だったので、ローマ時代にはトリモンティウムと呼ばれていました。

ネベット・テペの遺跡からの眺め


このプロブディフ旧市街はどこも石畳なのですが、その石が大きいものが多く結構足にきます。さらに、ツアーの進むペースがあまりにゆっくりなので、逆に疲れます。立って待つ時間が長いからです。

プロブディフ旧市街


集合後、ヒサル・カピヤ(要塞門)を通って、東側へ出ます。このピンクの家もゲオルギアディ・ハウスと言って豪商の家を使った博物館です。

ヒサル・カピヤとゲオルギアディ・ハウス


ラウンドタワーのあたりでエレナさんという女性がやっている陶器屋をちょっと覗いている内に、ツアーを見失いました。気付いたら私と女性2人組の3人だけです。イヤホンガイドは良く聞こえているので近くにいるはずなのですが、どこへ行ったのかどの道を覗いても誰も見当たりません。かなり広い範囲を歩き回り、思いもかけない東側の住宅街でやっとツアーを見つけました。

11:15 この一般住宅と見分けが付かないレストランに入っていたのでした。模様のある門構えの所です。予約時間より早く着きすぎて、待っていたようなのでプチ迷子になったことは何の問題にもなりませんでした。

プロブディフのレストランALAFRANGITE


ALAFRANGITEという中庭のあるレストランで、予約より早いこともあって、食事が出るまでかなり時間かかりそうだったので、抜け出して近所の写真を撮りに行きました。ついでと言ってはやりすぎですが、かなり離れたパラバノフの家まで足を伸ばしました。玄関は広く、四方に部屋が配置されているいかにも金持ちの家という感じです。内部を見学している暇はないので、中庭と玄関だけ覗かせてもらってレストランへ戻ります。

パラバノフの家


20分くらいして戻るとサラダが出てました。そして、メインはギョヴェチェです。煮込みシチューなのですが、どちらかと言うと肉じゃがに近い感じです。ポークと玉ねぎ、パプリカなどが入っていて、とてもおいしいです。

ギョヴェチェ


デザートのアイスケーキが出たところで、出発は12:40と言われたので、デザートをさくっとほおばり、レストランから遠くないゲオルギアディの家(ブルガリア民族復興博物館)に行くことにしました。15分ありませんが、次にいつこの街に来るかわからないので、ハウスミュージアムのどれか一つ中を見たかったのです。

とゲオルギアディの家に急ぐ途中、民家の玄関が目に入りました。黒いリボンがかかっています。簡単に言うと喪中のリボンなのです。ブルガリアでは1年くらいこうして、黒いリボンと故人のことを記した紙を張る習慣があるそうです。

喪中の黒リボン


昨日から何度も前を通ったゲオルギアディの家(ブルガリア民族復興博物館)の中へ入ります。奥にいる人を呼んで見学したいと言い、3Lvを払って入場します。昼時だからか他に客がいないようです。

ゲオルギアディの家(ブルガリア民族復興博物館)


3階建ての大きな建物で、トルコ風です。木の階段を上ると、中心に広い広間があり、回りに部屋が配置されています。床も階段もギシギシと軋みます。内部は資料館にもなっているので展示品が結構あります。

ゲオルギアディの家(ブルガリア民族復興博物館)内部


時間もないので、展示品などはゆっくり見ている暇はありませんが大砲なんかも展示されていました。各部屋を一通り見て周ります。写真は台所、でしょうか、いかにも女性が使う部屋という感じです。

ゲオルギアディの家(ブルガリア民族復興博物館)内部の小部屋


最後に中庭を見て、滞在時間10分足らず、急いでレストランに戻ろうとすると、そっち行くからその辺で待っててと合図されます。ツアーに参加しながらも時間を見つけては人の倍くらい走り回っているのがもう皆にバレバレのようです。

12:50 プロブディフを出てブルアリアの首都ソフィアへと向かいます。

次回はソフィアをレポートします♪
(リマからの更新でした)

ブルガリア・ソフィア市内観光

(先ほど南米旅行から無事帰国しました)

2014/06/09 (7日目) 続き

14:25 プロブディフからバスで約1時間半、ソフィアのホテル、ベストウエスタンエキスポに到着です。開発途上にある地域、広い道路沿いで、中心地からはメトロで8駅くらい。駅を通って道路渡った先に大きな会員制スーパー「メトロ」がある以外は周囲にこれと言った店などがありません。

ソフィアのホテル、ベストウエスタンエキスポ外観


部屋は広めだけど、とにかく冷房が効かなくて暑い・・・。部屋に扇風機が置いてあることからして、これが常態化している模様。湯沸しポット、ミニバー、無料のWi-Fiあり。エレベータが小さく、下階の人はいつまでも延々と乗れないので階段を使う必要があります。

ソフィアのホテル、ベストウエスタンエキスポの部屋


15:15 ホテルを出発し、バスで観光に出ます。
15:35 アレクサンドル・ネフスキー寺院で下車、ここから歩いて観光になります。ここはソフィアで最も高い場所。中は写真NG、暗めでフレスコ画がすすけていますが、いろんな色の大理石とかシャンデリアとかがとにかく豪華です。

アレクサンドル・ネフスキー寺院


次はソフィア教会へ。元は6世紀に建てられた初期キリスト教会で、首都ソフィアの名前はこの教会に由来しています。そういう意味ではソフィアで最も由緒ある教会です。
地震などで倒壊し、現在の建物は20世紀になってから6世紀の創建当時の様式を再現し復元されたものです。

聖ソフィア教会


聖ソフィア教会は、後のカトリック教会の典型として知られるラテン十字の形をしています。当時としては斬新なデザインだったようです。オスマントルコ時代にはモスクとして使われたこともあります。なんだか古い倉庫のようでもあります。

聖ソフィア教会内部


一部倒壊を免れたオリジナルの壁が残っているし、現在では地下に相当する部分にローマの時代の床とかモザイクが残っているので、床のガラス板からその一部を見られます。元々ローマ時代にはネクロポリスがあったということで地下は遺跡状態のようです。

聖ソフィア教会地下


聖ニココライ・ロシア教会の前を通ります。白い壁に緑のタイル、黄金の玉ねぎ屋根が特徴的です。20世紀初頭のロシア正教会です。現在一部修復中。

聖ニココライ・ロシア教会


イヴァン・ヴァゾフ劇場などがある市民庭園を通って、聖ゲオルギ教会へ行こうとすると、その前にある大統領官邸からちょうど大統領の車が出てくるところでした。
大統領の車を見送り、周囲をビルに囲まれた聖ゲオルギ教会に来ました。4世紀ローマ時代のロトンダで、6世紀以降教会として建て直された古い建物です。周りの遺跡と同様、教会も遺跡かと言うと一応現役ですが、この日は理由はわかりませんが、厳重なセキュリティで中には入れないとのことでした。

聖ゲオルギ教会


教会の裏にはローマ時代の浴場跡が広がっています。ソフィアも街の真ん中の至る所に遺跡の残る街なのです。トラキア、ギリシャ、ローマ、ビザンチン、オスマントルコ、様々な民族が歴史を刻んだ街であり、時代と異文化の宝庫と言えるでしょう。

聖ゲオルギ教会裏のローマ浴場跡


ビルの間に取り残されたような聖ゲオルギ教会から大通りへ出ると、そこからは旧共産党本部がよく見えます。巨大で白い威圧的な建造物です。

ソフィアの旧共産党本部


ソフィアの真ん中、大通りが交差する交差点にやってきました。セルディカの交差点には地下鉄の駅もあります。この交差点の脇の半地下の広場にちょこんと小さな石造りの建物が建っています。聖ペトカ教会、14世紀末のオスマントルコ時代に建てられたため、モスクより低く小規模に作られたかわいい教会です。この教会の存在は4年前に訪れた際にもとても気になっていました。今回時間を見つけて中へ入ってみたいです。

聖ペトカ教会


少し行った先にはバーニャ・バシ・ジャーミヤがあります。16世紀のオスマン朝時代のモスクです。この周辺はとくにスリなどが多く注意が必要とのことです。

バーニャ・バシ・ジャーミヤ


モスクの隣には現在閉鎖中の大きな温泉施設があります。どうでもいいことですが、ささいな事から現地ガイドと添乗員が険悪なやり取りをしている様子がイヤホンガイドを通じて聞こえてきます。2人とも生真面目で自分のスタイルがある人なので、空気を読むということができないようです。英語がわからない人でも険悪なムードだとわかってしまうのでマイク切ったらいいのに・・・。

温泉施設


2人の話はいったん棚上げになって、さらに奥に温泉を自由に汲める場所があるというので、そこへ向かうことになりました。
ソフィアには路面電車も走っています。

温泉汲み場前の道路と路面電車


こちらが公共の温泉汲み場。蛇口からはシャワー並みに暖かい温泉が出ます。料理に使うのか、大きなペットボトルをたくさん持ってお湯を汲みに来る人でいつもにぎわっているようです。

公共の温泉汲み場


閉鎖中の温泉施設の辺りで、捨ててあったとか言う日本のパスポートを現地の人に託されます。その辺りはただでさえプロっぽい人もいるので注意を引くために話しかけられた可能性もありますが、パスポートはスタンプもあり本物/偽物の区別も難しかったので、現地ガイドさんからすぐ近くの警察に届けてもらいました。

次回はソフィアの続きからリラの僧院までの道のりをレポートの予定です♪
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aya1103

Author:aya1103
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