イスラエル・入国~カルメル山の洞窟郡(ナハルメアロット)

今回から12月に行ったイスラエル旅行の旅レポートスタートです。ユーラシア旅行社のツアー利用、旅費は燃油サーチャージ等諸費用込みで318,000円(一人参加なので別途58,000円)です。23PAX。

2013/12/07 (1日目)

まずは両替について。ツアー利用であれば現金は米ドルの小額紙幣を用意します。飲み物代、チップ代程度で、お土産などの買い物はクレジットカードが大抵の所で安全に使えます。
(私はイスラエルの現地通貨シュケルには最後まで両替しませんでしたが、現地空港ではレートがものすごく悪いのでホテルでの方がオススメだそうです。)

22:00 TK-53にて成田から乗継地のイスタンブールへ。トルコ航空搭乗レポートはこちら

2013/12/08 (2日目)

3:35 イスタンブール着、6:45 TK-784にてテルアビブへ。飛行時間1時間40分なのであっという間です。

8:52 テルアビブ、ベン・グリオン空港に到着。新しくてすごくきれいな空港です。

イスラエルテルアビブベン・グリオン空港


イスラエルというと出入国が厳しいという印象ですが、入国は拍子抜けするほど簡単でした。イミグレのブースは空いていて、最初に英語ができるか聞かれ、聞かれたのは後2点だけ。グループか個人か、初めての入国か。

パスポートの写真のコピーが入った入国カードをくれて終わり。入国スタンプをもらうと、一部のイスラム諸国に入国拒否されるというのは常識ですが、今では黙っていてもパスポートにはスタンプを押さず、名刺サイズの入国カードを別途くれるだけです。

入国カードについているバーコードをかざして、自動ゲートをくぐると、ターンテーブルに出ます。スーツケースが出てくるのもとても早く、飛行機到着してから30分とかで外に出れます。このスピードは感動モノです。

9:40 日本人ガイドとミートし、バスで出発です。ガイドさんは30年以上も現地に住んでガイドしているベテランさんです。乾燥しているイスラエル、バスでは水ボトル1本1ドルで販売してくれます。道路の舗装状況はとてもよく、さすが先進国快適な旅ができそうです。

テルアビブ近郊の道路


10:35 バスは北上し、ネタニア(Netanya)を通過します。このあたりはイスラエルが誇るダイヤ研磨産業発祥の地だそうです。白く輝く高層の建物郡が印象的です。

ダイヤ研磨産業発祥の地ネタニア


11:00 さらに北上し、ファルディース(Fureidis)という町を通ります。ここはアラブ人の町だそうです。周囲はブドウ園が広がり、キブツが多いそうです。キブツとは社会主義的な共同体で日本人から見ると独特な社会ですが、外からの見た目は普通の村で区別は難しいです。

アラブ人の村ファルディース(Fureidis)


11:10 最初の観光地、カルメル山の洞窟郡にやってきました。ここは2012年に世界遺産に登録されたばかり、一ヶ月前にやっとそのセレモニーをしたばかりだそうで、日本人観光客にはほとんど馴染みがない場所です。ナハル・メアロット(Nahal Me'arot)という渓谷の人類進化を示す上で貴重な文化遺産です。

世界遺産カルメル山の洞窟郡入り口


小さなビジターセンターは客が来たときだけあけているような建物で、絵葉書など売っているお土産屋があり、奥にトイレがあります。ここから見ただけでも岩山にぽっかり開いた洞窟の入り口がいくつか見えます。移動中雨が降ったりしたけど晴れてきました。

カルメル山の洞窟郡


ここでは3つの洞窟を見学するということで、まずは最初の洞窟に向けて階段を上ります。
思ったよりも段数があります。

タブーン洞窟への階段


周囲には全長5cmくらいの小さな野生のシクラメンがあちこちに咲いていてとてもかわいらしい感じです。株ごとにピンクの濃いのや白いのまでいろいろ咲き乱れています。

野生のシクラメン


階段を上りきると、足元の石、よく見ると化石っぽいです。

足元の階段に使われている石


さて一つ目の洞窟にたどり着きました。ここは55万年の人類の歴史を物語るタブーン洞窟(Tabun Cave)、ストーブという意味です。掘ってできたものではなく、自然の洞窟です。

55万年の歴史のあるタブーン洞窟(Tabun Cave)


年代ごとの地層でいろいろな調査が行われた痕跡が見られます。ここで有名なのは写真ではちょっと見にくいですが赤でCと書かれた地層からネアンデルタール人の人骨が発見されたことです。

ネアンデルタール人の人骨が出たタブーン洞窟(Tabun Cave)


ところでネアンデルタール人と言えば、我々人類の直接の祖先と習った記憶がありますが、現在はDNAの解析などから直接の祖先ではないことがわかっているんだそうです。でもこんな洞窟で生活してたなら、もしかしたらここでホモサピエンスとも遭遇したかも知れませんね。

この洞窟の前から見る景色はこんな感じです。足元には平野が広がり、遠くには地中海が見えます。山肌にできた洞窟は絶好の住処だったでしょう。

タブーン洞窟(Tabun Cave)の前からの景色


さて、隣の洞窟に移動します。こちらはジャマル洞窟(Gamal Cave)、英語名ではキャメル洞窟、ラクダの意味ですね。洞窟というか、小さく浅い穴で、間口の割りに奥行きがなく、せいぜい2家族くらいしか入れなさそう。リアルな人形などが飾られています。10万年から4万年前の生活の様子らしいです。

ジャマル洞窟(Gamal Cave)


そして少し下がった所にある3つ目の洞窟はエルワド洞窟(EL WAD)、英語名はNAHAL CAVE。
これぞ洞窟、という奥行きのある洞窟でちょっと鍾乳洞っぽいです。ここはライトアップされ英語の音声ガイド付き、最深部では洞窟での生活を再現した映像を見ることができます。

奥行きのあるエルワド洞窟(EL WAD)


映像を見た後はしばしのフリータイム。もう一度来た道を戻りながら数万年前の人類の生活をなんとなく想像しつつ、洞窟郡を眺めます。洞窟と洞窟の間はこんな道で、足元は滑りやすいのできちんとした靴がオススメです。

洞窟の前


次回はダリエット・エル・カルメル~アッコーをレポートの予定です♪

イスラエル・ダリヤットエルカルメル~アッコー聖ヨハネ騎士団の要塞跡

2013/12/08 (2日目) 続き

12:25 ナハル・メアロットを出発、ほどなくカルメル山に沿って、カルメルパークに入ります。緑が多く、雨の少ないイスラエルでは大事にされている山です。カルメル山は、山というより長~い大きな丘、延々何十キロも高台が続いているような感じです。

カルメルパーク


カーブは多いものの、舗装状態のとても良い道路を上っていくと、緑が少なくなってきました。3年前、2010年に大きな森林火災があり、今まだ緑が戻っていない状況です。延々と山火事の黒い跡が続きます。

カルメル山の山火事の跡が痛々しい


途中、山の上の刑務所前なども通り、やっと町が見えてきました。ダリヤット・エル・カルメル(Daliyat el-Carmel)という町です。ここはイスラム教から出た少数派の宗教ドルーズ派の町で、ユダヤ人、パレスチナ人とも一線を画した生活をしているそうです。

ダリヤット・エル・カルメル(Daliyat el-Carmel)


12:55 ダリヤット・エル・カルメルのSamirというレストランでドルーズ式ランチです。簡単に言うとアラブ式、アルコールの提供もないです。中東各国で見られるのと似たアラブ風前菜が食卓に次々並びます。

ドルーズ式ランチの前菜


メインは炭火で焼いたチキン。このチキンも、パンもとてもおいしかったです。

ドルーズ式ランチ


食事の話のついでにイスラエルを旅する上で重要なお話を書いておきます。イスラエルにはコシェルというユダヤ教の食事に関するルールがあります。ホテルやレストランがユダヤ系であれば観光客と言えど関係大有りです。

コシェル2原則
・豚等と鱗のないものは食べない。(蹄が分かれ反芻する動物はOK)
・肉と乳製品を同時に食べない。
ということで、肉料理の場合は、パンにバターも、コーヒーにミルクもつきません。逆に朝は乳製品中心なので、ハムベーコンソーセージなどはつきません。

日本などから持ち込んだ食品はコシェルから外れるので、公の場所では食べない、見せないようにと注意を受けます。梅干の種を残すとか、醤油の器を残すとか、カップヌードルのお湯もらいにいくとかNGということです。もちろんホテルの部屋でこっそり食べるのは大丈夫です。

さて、食後バスの出発時間まで少し時間があったので、隣にあった商店を覗いてみました。
びっくりすることに、大抵のものが日本で買うより高い値段で売られています。少し大きめのチョコレートバーが12シュケル(360円)とか、物価がかなり高いことを思い知らされます。

ダリヤット・エル・カルメル(Daliyat el-Carmel)の商店


13:45 ダリヤット・エル・カルメルを出発し、エズレル平野とカルメル山の間を通って北へ向かいます。天気がとても変わりやすく、雨が降ったり止んだり・・・。
14:40 新しくできた橋を渡りアッコーへ向かいます。橋からの港町アッコーの景色がとても素敵でした。4000年の歴史のある町です。

アッコーへの道


14:45 アッコーは十字軍にまつわる町として有名ですが、聖ヨハネ騎士団の要塞跡から観光スタートです。入り口付近の要塞を見ても保存状態の良さが伺えます。それにしても、手前の芝生にある木製の扉が気になります。秘密の通路の出口でしょうか。

聖ヨハネ騎士団の要塞


この要塞はガイドブックでは「十字軍の町」として紹介されています。入り口から入ると、約1000年前のゴシック建築様式のアーチ天井が見えます。石は砂岩です。なんとなくスペインあたりにいる気分になります。

1000年前のゴシック建築様式のアーチ天井


いくつもの大きい広間が連なった騎士団のホールの出入り口付近からは、中庭が広がっています。とても立派な要塞だったようです。

聖ヨハネ騎士団の要塞の中庭


こちらは大ホール(The Pillars Hall)、なんだかイベントの準備中のようですが、設置してあった看板によるとどうやら修復中らしいです。何度か書き直された痕跡のある終了予定は2014年春となっていました。

聖ヨハネ騎士団の要塞跡の修復中の大ホール


大ホールには柵で囲まれた一段低い部分がありますが、この下が、かつての地面だった場所だそうです。現在の地面からはかなり下のようです。

かつての地面


次は中庭の奥にあった別のホールへ入ります。他の部屋と違って柱が丸いのが特徴です。
ここは大食堂だった場所だそうです。といっても、どのホールも空間以外は何も残っていないので往時の様子を想像するのは簡単ではありません。

聖ヨハネ騎士団の要塞跡のダイニングルーム


大食堂の入り口脇に地下通路への入り口があります。このトンネルは人が一人ちょうど通れるサイズで、中腰にならなくてはいけないところもあります。資料によると350m、順路は一本ですが、途中には枝道もあり、上から降りてくる穴とかもあります。物資の輸送や港への逃げ道として使われたようです。冒険気分が味わえる雰囲気満点の地下トンネルでした。

聖ヨハネ騎士団の要塞跡の地下トンネル


何度か曲がりながら、長く感じるトンネルを出た先はThe Cryptという所で、守衛所とかホスピスとかだったらしいです。奥には墓石もあり、まだ発掘中という感じの場所も多い所でした。

聖ヨハネ騎士団の要塞跡はまだまだ発掘中の模様


この要塞、部屋の配置や地下の通路など迷路状態で、あちこちにドアや通路がある複雑な構造でした。探検心がくすぐられるワクワクする場所でとても楽しかったです。

次回はアッコー旧市街をレポートの予定です♪

イスラエル・アッコー旧市街

2013/12/08 (2日目) 続き

15:35 聖ヨハネ騎士団の要塞跡を出ると、出口を出たはずなのにそこは小さなお店の中でした。美術館の出口にあるお土産屋とはちょっと違う感覚です。そのお店の本当の入り口を出ると、そこはターキッシュバザールでした。日曜なのにほとんどのお店はやっていないようです(通常、金土が休み)。

アッコー旧市街のターキッシュバザール


地下トンネルを歩いたり、出てきた所がバザールのお店の中だったり、もう自分がどこにいるのかよくわかりません。ターキッシュバザールを出て周辺を見渡すと、いかにも旧市街といった風景が広がっています。この先は先ほどの要塞方面と思われます。

アッコー旧市街


旧市街の道はかなり入り組んでいます。写真を撮りながらも前の人を見失わないよう注意を払っていないといけません。こちら久しぶりに登場、マンホールのフタです。珍しく四角いフタ。デザインはなかなか格好いいです。

アッコー旧市街のマンホールの蓋


旧市街の道は混沌とした感じで、決してきれいではないのですが、怖さを感じることはありません。家々はかなり年季が入っていて、傾いていたり、崩れていたり、そして扉の向こうには急な階段があったりと、ただ通り過ぎるだけではもったいない風情です。

アッコー旧市街


しばらく行き完全に方向感覚を失った頃、いつの間にかスークを歩いていました。開いているお店は少ないですが、雑多なお店が並んでいます。こちら中東らしく、水パイプのお店。他の中東諸国で見たものより若干小ぶりのものが多いようです。

アッコー旧市街のスーク


趣のあるスークは閉まっているエリアも素敵です。石造りの古い建物に水色の扉、ゆっくり歩きたい一角です。まるで遺跡の中に人が住んでいるような町に見えます。

アッコー旧市街のスーク


スークを抜けると広場に出ました。ヴェネツィア広場です。
左にある教会のように見えるものは、ハーヌル・ウムダーン、柱の隊商宿という意味の、その名の通りの18世紀の隊商宿です。

ヴェネツィア広場とハーヌル・ウムダーン


そしてこの建物を曲がると、びっくり、そこには港が広がっていました。アッコーマリーナです。いつの間に要塞跡からここまで歩いたのか、不思議な感覚でした。
紀元前からエジプトなどの記録に残る港で、12~13世紀には十字軍に占拠され、ここはエルサレム王国の首都になったので、重要な役割の港だったのでしょう。

アッコーマリーナ


アッコーマリーナでしばしの写真撮影タイム。こちらは港にある大きなくじらの像です。
周辺では釣りを楽しむ地元の人などもいて港町ならではの風景を見られました。

アッコーマリーナのくじら像


アッコーマリーナは行き止まりなので、来た道を戻り、ハーヌル・ウムダーンへと足を運びます。このアッコーの旧市街は世界遺産として登録されていますが、独特の雰囲気と、ブルーの扉、ほどよい?ゴミ散乱感が何とも言えません。ネコも多いです。

アッコー旧市街と猫


そしてこの旧市街の中ではよく小さなロバを見かけます。小さな子供たちが引くこの光景は思わずにっこりしたくなります。ロバも小さくて超かわいいです。

アッコーの子供たちとロバ


18世紀の隊商宿ハーヌル・ウムダーンの入り口に回ってきましたが、なんと扉に鍵がかかっています。正式に管理された観光場所ではないためか、どうやら今日は鍵を持っている人が開けに来なかったらしいです。どうにか覗こうとしましたが無理だったので、扉の下からカメラを滑りいれてシャッターを押して見ました。

ハーヌル・ウムダーン


アッコーでの最後の観光は、十字軍のトンネル見学です。あれ、さっきの要塞のとは違うのか、と思いながら、ハーヌル・ウムダーンの脇にある入り口から階段を下ります。ちょっとだけかがむ所はあるものの、広い本格的なトンネルです。足元には水が流れていて木製の通路ができています。94年に発見されたという割にはすごい大規模です。

十字軍のトンネル


200m弱のトンネルを抜けた先はまた違う風景が待っていました。町の東から西に抜けた感じです。写真中心の小さな小屋みたいのが出口です。町の下に大規模なトンネルがあることを700年も知らずにいたというのがむしろ不思議でした。

アッコー旧市街トンネルの出入り口


16:20 アッコー旧市街の南西の角あたりからバスに乗り、ハイファへと向かいます。
すごく魅力のある町で、是非また訪れたいと思いました。出来たばかりの橋を渡り、アッコーの町に別れを告げます。ふと、前方へと目を向けると、海沿いを何かすごいスピードで動くものがあります。波打ち際を馬が駆けています。素敵な光景でした。

地中海の波打ち際を駆ける馬


次回はハイファをレポートします♪
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