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グアテマラ・キリグア遺跡

2013/04/07(7日目) 続き

キリグア遺跡のグレートプラサはコパンほど大きな感じはしませんが、奥行きがあります。長さ325メートル、幅150メートル、マヤ地域で最長だそうです。鮮やかな黄色い花の木は、タベブイア(Tabebuia)、いろんな種類、色があるみたいですが、ジャカランダや桜並みにとても美しい花で遺跡の至る所で輝くように咲き誇っていました。

キリグア遺跡大広場


こちらはステラE、高さが地中の分2メートルも含めると10.6メートル(ガイドブックの中には11.7メートルの記載も・・・)とマヤで最長の石碑です。約30トンあるとか、人の背丈と比べるとその大きさがわかります。このステラは、771年に建立されていますが、738年のコパン王を捕らえた事件について記載されています。

キリグア遺跡ステラE


大広場の石碑などを半分見たところで、奥の方へやってきました。左手の階段はアクロポリスへと続く石段で、その前には茅葺き屋根に守られた獣形祭壇があります。そして、写真右手には球戯場がありますが、よく見ても全然わかりません。茅葺き屋根の右、少し盛り上がって見える緑が球戯場の片側なのです・・・。

キリグア遺跡球戯場


キリグア遺跡で必見の獣形祭壇P(写真奥)、15代の空シェル王による795年建立の傑作です。重さ20トンと想定される大きな岩に、岩の形を残したまま全面に彫刻がなされています。亀や蛇などがモチーフに使われ、マヤ文字と共に刻まれ、キリグアの代表的な芸術作品となっています。ちなみに、キリグアで石碑や神殿に使われた石は砂岩や流紋岩、大理石などです。

キリグア遺跡獣形祭壇P


さて、獣形祭壇の後ろにある石段を登り、アクロポリスへ向かいます。正直かなり日差しがきついです。

キリグア遺跡アクロポリスへの階段


こちらがキリグアのアクロポリス。広場を囲んで神殿のような建物が建っていますが、ピラミッドと言えるような大きな建造物はありません。キリグアはコパンに勝利してから100年も持たず、810年の記録をもって歴史から消えたようです。元々大きな都市ではなかったので、アクロポリスの規模もとても小さいです。

キリグア遺跡アクロポリス


アクロポリスの一角、西側の部分はいまだ発掘中のようです。こうして発掘現場を見ると、修復にどの程度時間がかかったのか、修復が完全に終わるまでは相当時間がかかりそうだということがわかりました。

キリグア遺跡アクロポリスの発掘現場


キリグア遺跡の中でも一番南側、構造物1B-1(奥)、1B-2(手前)です。このあたりは、最後の王16代目が建立したもののようです。石段は見た目以上に段差があるのですが、アクロポリスの広場にエコーをきかせるためのようです。

キリグア遺跡アクロポリスの末期の建造物


奥の建造物1B-1にはいくつかのベンチ(ベッド状の台のようなもの)が小部屋のように並んでいます。ここから広場で行われる儀式を見ていたのでしょうか。台の部分にはマヤ文字が刻まれた石が使われています。

キリグア遺跡アクロポリスのベンチ


さて、アクロポリスの見学ですっかりぐったりしてしまいましたが、出入り口はひとつなので、少なくとも来た道を引き返さないといけません。と思っていたら、帰りは東側のジャングルを通ります。中心部は人口数千人規模と小さい都市だったそうですが、このあたりも掘れば何か出てきそうですね。

キリグア遺跡のジャングル


ジャングルから大広場の南側に出ました。前半に見なかった石碑などを見ながら戻ります。
こちらはステラKキリグアでは最後の16代ヒスイ空王の彫像ですが、かなり小さなもので、王朝の終焉を感じさせます。805年の建立で、見つかっている石碑で最後に作られたものです。

キリグア遺跡の最後のステラ


こちらはステラJ、756年の建立で、738年コパン王を倒しコパンのカウィールの儀杖を握ったと書かれた石碑です。最盛期の彫刻で、細かいですね。738年の大事件は、言わば下克上といった所なので、さすがに事件後すぐには記念碑などは立てなかったようです。

コパン王に勝利し14代目についたと書かれたステラ


広場の南で残り時間はフリータイムとなり、各自写真などを撮りながら入り口に戻ります。こうしてみると、広場は確かに奥行きがあります。屋根を持っているステラがうらやましく感じるほどの日差しと高温多湿で、気をつけていないと倒れそうです。おまけに芝も深めで、あちこちにセイバの木の綿が落ちているほか、結構虫が多かったので虫除けも必要です。

キリグア遺跡グランプラサ


最後に入り口付近にあって、最初に説明がなかった獣形祭壇Bです。785年、15代空シェル王の建立で、大事件の立役者14代カック・ティリウ王の死と埋葬について刻まれています。
ほとんど貸しきり状態だった遺跡に団体さんが来ました。カリブ海のクルーズでやってきた方達のようです。

キリグア遺跡獣形祭壇B


熱中症の初期症状を自覚したので、早々に戻ってきてお土産屋さんを覗きます。私はもう物を買いませんが、どうやら半額以下にねぎれるようです。手作り物などはよく縫製をチェックした方がいいですね。

キリグア遺跡お土産屋の品揃え


11:30 2時間の遺跡見学を終えて後は長い移動の日です。バスでグアテマラを北上します。

次回は、リオ・ドルセでのランチとグアテマラでのバースデーパーティをレポートします♪

グアテマラ・リオドルセ~バースデーパーティ

2013/04/07(7日目) 続き

12:30 キリグアからバスで1時間、リオ・ドルセという町のレストランにやってきました。
ガイドブックにはグアテマラのアマゾンとか書いてありましたが、ここは港ですか?というような爽やかな場所でバスを降ります。

リオ・ドルセのランチョンマリー


やってきたのは、ランチョン・マリー(RANCHON MARY)という名前の大きなレストランで、なんだか南の島のリゾートホテルのレストランみたいな感じです。

リオ・ドルセのランチョンマリー店内


メインはガリフナ料理タパードス。簡単に言うとシーフードのココナッツミルク煮込みです。カニ、エビ、バナナが入って、絶妙な味を醸し出している絶品スープでした。一人分がすごく量がありましたが、あまりにおいしかったのでがっつり頂きました。

ガリフナ料理タパードスはおいしいシーフードスープ


13:45 お腹もいっぱいになった所で、北部のフローレスに向けて長いバスの旅に出ます。レストランから大きな橋を渡ります。こちらがドルセ川、説明されないと川ではなく、湖か海に見えます。ちなみに橋の反対側(写真の手前にあたる)は、イサバル湖という大きな湖です。

グアテマラのアマゾン、ドルセ川


橋を渡った先が、リオ・ドルセの町です。グアテマラの一般の生活がそこにあります。人口数千人規模の町ですが、メインストリートはかなり活気に溢れていました。

リオ・ドルセの町並み


途中で一度トイレ休憩の後、15:40 検問のようなものがありバスが止まります。別に国境じゃありません。フルーツ検疫だそうです。いったん全員バスを降り、その間に係官がバスに乗り込み、手荷物などにフルーツを持っていないかチェックをします。

グアテマラのフルーツ検疫所


といってもたぶん日本人がこんなとこまで危険なフルーツを持ちこむわけないと分かっているのか形だけという感じです。洋ナシとかグァバとかがダメみたいで、レッド、イエロー、グリーンと果物が色分けされています。害虫の卵を運ばせない目的のようです。

隔離するフルーツ


さて、後はフローレスのホテルに向かうだけ、の予定でしたが、寄り道を告げられます。実は朝バスに乗ったときから今日は何かあるぞ、と皆がわかっていました。バス車内が風船で飾られていたからです。そう、誕生日の方がいるので、これから誕生パーティをするのです。

お祝いっムード漂うバス車内


15:55 それまで走っていた快適な道路を外れ、横道に入りやってきたのはFINCA IXOBELというキャンプ場とホテルを足して割ったような施設です。広い敷地に、南の島にあるような手造り感あるコテージがあったりするアットホームなリゾートでした。

フィンカ・イチョベルのホテル


誕生日パーティは中米風で行われました。さすがユーラシア旅行社さんの添乗員、素晴らしい企画力です。ここで街角でよく見てきたピニャータが登場です。広い庭にセットして、FINCA IXOBELに遊び(or滞在)に来ていた子連れの人たちなども誘い、ピニャータ割りを楽しみます。

ピニャータ


誕生日の主人公にやってもらった後は、子ども達にもやってもらいます。目隠しをした状態で、棒で人形を殴るのですが、まぁ言ってみればスイカ割りと同じ要領です。ただし、このピニャータという人形は両側で操作する人の手により自由自在、前後と上下に動かされるのです。

ピニャータ割り


最後には完全に叩き破ると中に詰め込んであったアメが散らばります。皆テンションが上がっているので、老若男女大人げなく散らばったアメに群がります。くす玉みたいでもありますね。

散らばるアメに群がる人々


人形はたたかれ壊れ無残な状態になりました。新聞紙のようなものでできた人形だったようです。実はたたくための棒がずーっとバスの最後尾の空いている席に旅の初めの頃から置いてあって、これはなんだろう?ってずっと不思議に思っていて、ひとつ謎がとけ、すっきりしました。

無残な使用後のピニャータ


大騒ぎした後は誕生日ケーキを頂きます。自家製のホールのケーキで、好きなドリンク付きで皆にサービスされました。ちょっと甘かったけど、フルーツやナッツがいっぱい入ったおいしいケーキでした。誕生日の当人はおじいさんでしたが、一生忘れられない思い出になったことでしょう。

FINCA IXOBELの手作り誕生日ケーキ


16:50 約1時間の誕生日パーティの後はフローレスのホテルに向かってノンストップの移動です。車窓は相変わらずこんな感じ、ときどき民家はあれど、町といえるような所はほとんど通らず、です。ちょっとした小山はどれもこれも神殿などの遺跡が埋まっていそうなマウンドに見えてしまいます。

フローレスへ向かう道沿いの緑の景色、どれも未発見の遺跡に見える


次回はフローレス~ティカル遺跡をレポートします♪

グアテマラ・フローレス~ティカル遺跡コンプレックス

2013/04/07(7日目) 続き

18:25 Arr HTL
フローレスのサンタエレナ地区のホテル、カソナデルラゴ(CASONA DEL LAGO)に到着。外見はなんだかアパートかペンションみたい。フローレスはティカル遺跡から60kmほどの場所にあるグアテマラペテン県の中心都市です。といっても田舎町で都会と呼べる場所ではありません。

フローレスのサンタエレナ地区のホテル、カソナデルラゴ(CASONA DEL LAGO)


3階建てで、階段を使わなければいけないのが難点ですが、きれいなホテルです。冷蔵庫なし、バスタブなし。Wi-Fiは無料で、id/pwもなしです。タオルが犬?に飾られていてかわいかったです。このホテルには2連泊します。

カソナデルラゴの部屋


治安も問題ないというので、徒歩5分のスーパーマーケットへ行きます。途中で、小さなフローレス島へ渡る道を横切ります。朝晩に散歩に出かけるのにもいいでしょう。スーパーはクレジットカードなども使えるので、お土産用にコーヒーとビールを買って帰りました。

フローレス島へのレジェノ橋


2013/04/08(8日目)

朝起きてバルコニーから外を見るとなんだか素敵な景色が広がっていました。ホテルはペテン・イッツァ湖沿いに建っていて、今日も遺跡見学にはうんざりするほどのいい天気になりそうな予感です。

カソナデルラゴの部屋のバルコニーからの景色


ここで、お気付きの方もいると思いますが写真が16:9のワイドになっています。アンティグアでの怪我以来左手が使えず片手でカメラを使っていたので、誤って記録サイズ設定を触ってしまったようなのですが、設定が変わっていたことに気付きませんでした。しばらくの間、このカメラで撮影した写真がワイドになっています。カメラ2台持ちのためサイズが入り混じりますのでご了承ください(横をそろえてリサイズしているのであまり目立たない?)。

6:30~ レストランで朝食です。レストランは中庭の小さなプールの脇にあり、明るくとても感じがいいです。このホテル滞在中は朝晩ここで食事を取ります。

カソナデルラゴのレストラン


7:30 ホテルを出発し、グアテマラ最大のマヤ遺跡ティカル遺跡へと向かいます。
ペテン・イッツア湖の東側を北へと進みます。右手に見えるのはカウル山。ワニの形の山、なんだそうです。

ペテン・イッツァ湖とカウル山


8:30 ティカル国立公園の入り口に到着です。ここから国立公園ということで、遺跡まではまだかなりあるようです。遺跡が文字通りジャングルの中だということがわかります。ここから先、道沿いには動物注意の看板などが多いです。

ティカル国立公園入り口


8:55 ティカル遺跡のビジターセンターに到着です。遺跡はとても広いので遺跡内にもトイレはあるそうですが、ここでトイレを済ませてから遺跡見学に出発します。今から行く広い遺跡(16平方キロメートル!)の大きな模型で、位置関係などを頭に入れます。最初に、手前にあるコンプレックスと呼ばれる双子ピラミッドを含む4つの建造物がセットになった所へ行くそうです。

ティカル遺跡のジオラマ


9:10 遺跡見学へ出発です。ジャングルの中の分かりやすい平坦な道を進みます。このあたりでは340種類もの鳥類がいるそうで、頭上にはカラフルな鳥を見ることができます。

ティカル遺跡の鳥


こちらは巨大なセイバの木。35mもある巨木です。マヤの世界では神聖な木ですが、このティカル遺跡を訪れる人を出迎えるかのように立っています。

ティカル遺跡のセイバの木


最初の分岐点に到達しました。ティカル遺跡は広いし、この先はどう進むかによって順路が変わってきます。イメージとしてはハイキングみたいな感じですが、ジャングルの中は木陰があるので、天気がよくてもそう辛くはありません。

ティカル遺跡の案内版


しばらく歩くとコンプレックスQに到着しました。こちらのピラミッド型建造物はきれいに修復され、ステラがずらっと並んでいます。このコンプレックスはマヤ暦のカトゥン周期(7200日、約20年)の終わりを祝うもので、その儀式が行われたという説があります。

コンプレックスQの修復されたピラミッド


双子のピラミッドはどこ?と見回すと、対になるはずのピラミッドは見当たりません。
なんと元の姿はまったく想像できないただのマウンド、というか小山がもう一方のピラミッドなのだそうです。本当にピラミッドが埋まっているのかな??

コンプレックスQの未修復のピラミッド


コンプレックスを構成する4つの構造物のひとつマヤアーチのある建物がこちら。建物内にはステラとアルターが一対残っています。この建物には元から屋根がなかったようです。コンプレックスはマヤの小宇宙を象徴したもので、この建物は天上界を象徴するものだったみたいです。

コンプレックスQのマヤアーチの建造物


ということはその正面にあるのは地下界を象徴する建物ということになります。奥に見える建造物がそれで、地下界とその9人の王を表す9つの入り口がある長細い建物になっています。2つのピラミッド(日の出と日没を表す?)と天上界地下界を表す2つの建造物の計4つが広場をはさんで向かい合う形で、思っていたよりも全体が大きいものでした。

コンプレックスQの9つの入り口のある建造物


次回はマヤ最大の建造物4号神殿を中心にレポートの予定です♪
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