なぜ添乗員に間違えられるのか?

今回のポーランド行きは、ルフトハンザのフランクフルト経由だったのですが、そのフランクフルト行きの機内で、ちょうど一年前にパプアニューギニアでご一緒した添乗員さんに偶然再会しました。

私「○○さんですよね?パプアニューギニアで去年、ご一緒しましたよね。」

添乗員「え?いや、行きましたけど、一緒じゃないですよね」

私「ちょうど1年前、ゴロカに行ったじゃないですか、一緒に。間違いありませんよ。」

添乗員「え??いや、行きましたよ、でも人数少なかったし、バス1台だったから、あり得ないですよね?一緒には行けないじゃないですか。」

このようなやり取りが続き、どうも話がかみ合わない。確かに添乗員は年間何百人ものお客さんを相手にしているので、覚えていないのは仕方ない。あ?ひょっとして・・・

私「私、添乗員じゃないですよ。」

添乗員「え?添乗員じゃないんですか!絶対添乗員だと思った。」


とまぁ、このようなやり取りで始まる再会となりました。このように現役の添乗員にもよく間違われるんですよね。前にも、5日目くらいになって、参加していたツアーの添乗員に「お仕事、添乗員ですよね」と聞かれたことも。

他にも、飛行機で隣り合わせた方が席を出入りする際、通路側の席にいた私が立ってあげると、「お仕事中すみません」て毎回言うんですよね。特に何もしてないのだけど、仕事で出張に行く人に見えたのかなと思っていたら、「私もちょっと前まで添乗員やってたんです」と話しかけられました・・・。

ツアー参加中、レストランで飲み物のプライスリストの説明をし始められたり、駅、空港、ホテルなどでガイドさんやアシスタントさん、職員等に「ツアーリーダーですか」と聞かれたことは数知れず。

また同じグループのお客さんからもよくサブ添乗員で来てるんだと思ったとか言われたりと、まぁ、多くの人にこれまで添乗員と間違えられました。

そして、ついこの前は成田の税関職員にまで「添乗さんですねー」と言われる始末・・・。

何がそんなに添乗員に見えるのか?あまりに頻繁なので自分なりに分析してみました。

理由その1:微妙な年齢。
一般のパッケージツアーのお客さんのプロファイルからちょっと外れたお年頃で、一人でマイペースで歩いているから。

理由その2:格好が観光客ぽくない?
特に成田出発時には、誰に会うかわからないし訳あって比較的ちゃんとした格好している。オフィスでのカジュアルデーくらい。ななめがけのカバンとか持っていない。つまり旅行者ルックじゃないから。

理由その3:飛行機は最後に乗る
添乗員は普通、自分のお客さんが乗ったのを確かめて最後に乗りますよね。
私は飛行機が怖い、だから精神的負担を減らすためにファイナルコールでしつこく催促されてから乗る。そして、通路側に席をもらっていることが多い。添乗員がよく座るあたりの席に居ることも確か。

理由その4:確かに旅慣れてはいる
会社員時代には一人で海外出張にも何回も出ているし、全部合わせて現在57回の渡航歴。同じ国に行くことも数知れず、海外旅行に関する経験が豊富ということは確か。なのでいろいろ知っていたり、準備がよかったりするから。あと、普通の人が使わない業界用語?を知らないうちに使っているらしい。もしかしたらブログにもそういう記述があるのかも・・・。

理由その5:人当たりがいい
自分の認識では普段結構不機嫌な顔して歩いているはずなんだけど、日本でも海外でもとにかく歩いていて、道を聞かれたり話しかけられたりする。話しかけやすい感じが何かあるらしい。話しかけられればちゃんと対応する。そのあたりが人の扱いに慣れた添乗員に似ている?


添乗員にとにかく間違われるんです、と言うと、99%の確率で「あー、いそう、そんな感じ」という具合の反応をされる。心の中で、それってどんな感じ?といつも思っていますが・・・

大変残念なことに、添乗員にはなれないので、間違えられても嬉しくないんですね。だからと言って、あえて間違えられないように何か工夫をするのも変だし。笑って、違いますよ、目指してもいませんよ、って言うことにするしかない。

ではなぜ、ツアーで旅行に散々行っているのに、添乗員という職業を選択肢のひとつとして検討しないのかを説明しておきますね。私だって、なれるならなってみたいとは思ったことはあります。

でもまったく無理なんです。

最大の理由は、飛行機恐怖症。飛行機怖い添乗員なんて有り得ないですよね?嫌いという人はいるでしょうけど、乗ってから降りたくまではなりませんよね。仕事だと思ったら乗れないと思います。

後は、良く熱中症になるし、胃腸も弱い。乗り物も全般的に弱い。体力ない。極度の高所恐怖症。
どこでも寝れない。ダメな理由オンパレードですね。

添乗員の事情にもPAX側の事情にも詳しいので、添乗員から見たら、ちょっと扱いに困る客なのかも知れないですが、お仕事の邪魔しないように、楽しい旅仲間としてみてもらえるようにしたいです。

では、次回からポーランドの旅レポートスタートです♪
(実はちょっとトラブルもあって、記事を準備する時間がなく、今回は写真なしの横道ネタになりました・・・しかも長文でスミマセン。クラコフからの更新でした。)

ポーランド・ジェラゾヴァヴォラ

2011/05/31 (1日目)

今回のポーランド8日間の旅は相性のいい阪急交通社のツアーに一人参加。
7:30成田集合と早かったので、新スカイライナーを利用。心の準備ができないまま成田空港に着いちゃったはいいけど、やっぱり胃が痛くなり冷や汗が出てきた・・・。駅で一休憩。

現地の空港での両替レートが悪いので、成田で両替。10000円→280zl。

フランクフルト経由でワルシャワまで、なんとか飛行機に耐え、着くことができました。(ルフトハンザA380搭乗レポートは、旅のレポートの後にしますね)
ワルシャワの中心、文化科学宮殿。20:30頃ちょうど夕焼けを背景としていて美しい。

ワルシャワ文化科学宮殿


20:30 Arr HTL
ノボテルワルシャワセントラム。文化科学宮殿の向かい、まさにワルシャワの中心に建っている。
各階のエレベータホールからの中央駅方向の景色は素晴らしい。

ノボテルワルシャワセントラム


部屋は使いやすく、一人では十分な広さ。Internetはセキュリティコードをフロントで聞いたが、部屋に戻ると電波が届かない。部屋にはLANケーブルも設置されていて、無料で利用できる。ドライヤー、湯沸かし、冷蔵庫、セキュリティボックス有。

ノボテルワルシャワセントラムの部屋


2011/06/01 (2日目)

毎回のことなのだけど、初日はほとんど眠れない。今まさに海外に着いたところなのに、夜中にInternetでツアー検索などして過ごすという本当に旅バカぶり。

8:00 Dep HTL
バスにてジェラゾヴァ・ヴォラへ。大都会ワルシャワから50キロちょっとしか離れていないが、田舎道を走る。初夏のポーランド、緑が豊かで、その緑の色もとても美しく心がなごむ。

ジェラゾラボーラへの道


途中、事故や工事のため迂回などして予定よりかなり時間がかかる。通常では車で約1時間の距離。道沿いではコウノトリの巣を見かける。なんと世界のコウノトリの1/4はポーランド生まれなのだそう。

こうのとりの巣


9:50 ジェラゾヴァ・ヴォラ着。人口たった65人の村。ショパンの生家がある。こちらは敷地の入り口。
ここは昨年、修復中で訪れることができなかったので、今回が初。

ジェラゾヴァ・ヴォラ


ショパンの生家は緑豊かな庭園に囲まれた、意外と質素な家。子供の日ということで、学校は休みじゃないけど、見学に訪れている子供たちがいっぱいいた。天気は快晴、暑いくらい。

ショパンの生家


この家でショパンは生まれたが、生まれた年にワルシャワへ移り住んでいる。それでも夏にはこの家を度々訪れていたらしい。

ショパンの生家横から


家の中には、ショパンにまつわる記念のものが展示されている。証明書や直筆の書類など。

家の中の展示品


家族の肖像画。家と肖像画を見ると、なんとなくショパンの育った環境が見えてくるような気がする。
ショパンはワルシャワ音楽院で学び、20歳でパリへ行き、その後2度と故郷ポーランドには帰ってこれなかったそう。

家族の肖像画


ショパンが生まれた部屋にはその場所にキレイな花が飾られている。

ショパンの生まれた部屋


古いピアノなんかも置かれている。現代のものより一回り小さい。ショパンはポーランドの民族音楽の影響を強く受け、55曲のマズルカと10曲のポロネーズ(ポーランドダンス)を作曲した。

当時のピアノ


庭には彫刻家ゴスワフスキの作品、ショパン像が建っている。

庭のショパン像


家の周りは広大な庭園になっていて、奥の方まで足を延ばすと大小の池などもあり散歩には最適。この庭園は1万㎡もあり、世界各国から送られた植物でいっぱい。一人庭園散歩を密かに楽しみ、約1時間の観光をギリギリまで満喫。

庭園


敷地の入り口にはショパングッズを扱ったギフトショップもあります。

ショパングッズいっぱい


次回は世界遺産ワルシャワ歴史地区をレポートします♪
(ザモシチからの更新でした)

ポーランド・ワルシャワ

昨日無事に帰国しました!
ブログ更新どころか旅日記もつける暇ない程のあっという間の楽しい旅でした。
それでは、2日目続きからレポート再会です♪


2011/06/01 (2日目) 続き

10:55 ジェラゾヴァ・ヴォラを後にし、バスにて一路ワルシャワへ。途中、旅行会社から電話が入り、キャンセル待ちで申し込んでいた次の旅行が結局取れないままクローズとなってしまったとのこと。がっくり・・・。(行き過ぎですという神様かのメッセージかも)

12:05 ワルシャワ王宮広場近くでバスを降り徒歩にて観光へ。天気が良すぎて日差しが痛い。
この広場の広さと美しさは私のお気に入り。

ジグムント3世の碑が見守る王宮広場


旧王宮。第二次世界大戦で破壊されたが、中の調度品などは国外に持ち出され無事だったとか。

旧王宮


洗礼者ヨハネ大聖堂。中のステンドグラスが大変美しい。(今回は入らなかったけど・・・。)

洗礼者ヨハネ大聖堂


このあたりは、去年来た時もそうだったけど、結婚式の撮影なんかが行われているなんとも言えない家並みが続く。

旧市街の街並み


旧市街広場近くのRSTにてLunch。中欧でよく見るカツレツがメインでした。
Lunchの後はそのまま旧市街広場へ、13:50までフリータイム。
旧市街広場は戦争時には破壊され、その後再建されたものだけど、色合いのきれいな建物が取り囲み心癒される空間。去年は広場で思わずぼーっとしてしまったので、今回は広場を少し離れることに。

旧市街市場広場


ヴィスワ川を望むテラスへ行き、初夏の風をあびながらしばし考え事。でも結局考えはまとまらず無心になれただけ・・・。
広場の喧騒とはまったく異なる誰もいない道を歩く。壁には落書きなんかもあったり・・・。ワルシャワ歴史地区は世界遺産なのに、落書きなんてあっていいのかな、と心配する。

旧市街の裏道


旧市街を囲む防壁沿いを歩く。緑も豊で気持ちがいい。

旧市街の城壁沿い


バルバカンと呼ばれる城塞。火薬庫や牢獄として使われた所。ここも第二次世界大戦後の復元だけど、まるで中世の街にいるかのような錯覚を覚えさせる。

バルバカンと季節の花


集合時間を気にしながら、旧市街広場へ戻る。この広場は第二次世界大戦で市民達の最後の抵抗拠点だったため、徹底的に破壊し尽くされ、瓦礫の山と化していた。戦前のスケッチなどを元に、レンガのひび割れまで再現するという丁寧な復元で今の姿がある。

旧市街市場広場


広場の真ん中にはワルシャワの象徴、人魚像が剣を振り上げ、この広場の全体の雰囲気にアクセントとなっている。この旧市街市場広場、数あるヨーロッパの旧市街の広場の中でもお気に入りの場所。

伝説の人魚像


団体行動に戻り、皆でバルバカンを通り抜ける。外側から見ると、まさに砦といういでたち。

バルバカン


キュリー夫人の生家(去年入場しているが、中には資料や写真が展示)、聖マリア教会、ワルシャワ蜂起記念碑と見て歩く。ワルシャワ蜂起記念碑は、第二次世界大戦の末期、ドイツ軍に対して蜂起したのを記念として後年建てられたものだけど、20万人もの犠牲者を出し、降伏しているので良く見ると像の顔は苦しそうな顔をしている。

ワルシャワ蜂起記念碑


14:20 ショパンの心臓がある聖十字架教会へバスで移動。クラコフ通りには、ショパンの曲が流れる黒いベンチが何か所か置かれている。

ショパンのベンチ


クラコフ通りの美しい景観。中央右手が聖十字架教会、正面の建物はポーランド科学アカデミー。

クラコフ通りの聖十字架教会


聖十字架教会の内部、この柱の中にショパンの心臓が納められている。ポーランドを出てから1度も帰国できなかったショパンの希望で心臓が故郷に戻されたそう。

ショパンの心臓が納められた柱


次回は、ワルシャワからクラクフへの移動をメインにレポートします♪

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