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クロアチア・ドブロブニク③

2011/04/22 (8日目) 続き

グラスボートでのクルーズから旧港に戻ってきたけど、霧が止まないため、城壁巡りは後回しにして、街の散策へ。といってもこの広くない街も今回3度目なので、教会めぐりなどはやめ、何の目的もなく、の散策。聖イグナチオ教会あたりから南側を中心に歩くことに。

聖イグナチオ教会


人込みを避け、南の城壁ぎりぎりまで登っていく。この階段を毎日上り下りするのは大変そう。
大きなホテルはないが、プライベートルームは結構ある。個人で来たら、プライベートルームに泊るというのもオススメ。

生活には大変そうな階段


城壁沿いのアパートなどの暮らしぶりなんかを垣間見る。右側の壁は海側の城壁。住人がにこやかに挨拶してくれたりするが、毎日四六時中庭先を覗かれても全く気にしないってすごい。

除壁沿いの家


一通り、西の端まで行ったら、見晴らしのいいテラスを持つアクセサリーのお店を発見。
海側城壁から見る景色に近い。少し霧が晴れてきたようだ。

テラスから旧市街をのぞむ


ちょっと疲れたので、階段を下りメインストリートのプラツァ通りを歩きながらカフェを探す。
が、結局旧港近くのLunchしたRSTのオープンカフェで、ムール貝をつまみにワイン、とまったりムード。おいしぃ。

ムール貝とワインで休憩


ときおり霧が目に見える形で霧雨のように体を冷やす。天気は良く暑いくらいなのでちょうどいい。ゆっくりいい気分で休んだ後、残り時間はドブロブニクに来て城壁巡りをしないなんて、と腰を上げる。今では城壁巡りは時計回りの一方通行になっていて山側の半周を周るために、東南の入り口へ向かう。時間がない人は山側を歩くのがオススメです。

旧港近くの南東の城壁入り口


ところが、だ、たどりついた入り口でチケットがユーロで買えないと判明する。以前はユーロのみでこの街は過ごせたのに・・・。正反対のピレ門近くまで戻り、両替屋を探すが、休憩中だったりとなかなかうまくいかない。やっと見つけたお店で両替(2000円を113kn)してもらうと、ドミニコ会修道院近くの入り口へ急ぐ。

ドミニコ会修道院近くの城壁入り口


ご一緒したSさんを引きずりまわしているような気もするが、ここでひるむわけにもいかない。
17:05 城壁巡り、入り口でチケットを購入できる70kn。城壁から見るオレンジの瓦屋根の街はやはり大変美しい。そして海の方から霧がやってきている。ある意味幻想的で滅多に見られない風景。
ロクルム島は上の方が少し見えているだけ、アドリア海は全く見えない。

城壁から見る旧市街奥にはロクルム島


まるで雲の上にいるような気分。一番高いミンチェタ要塞からの眺めも素晴らしい。

ミンチェッタ要塞から


20分程でピレ門のところまで来た。ミンチェタ要塞方面を振り返る。やっぱりすごい城壁だな。
ここまで頑丈に作られていれば高所恐怖症の私でも安心。

堅固なミンチェタ要塞


ピレ門を入ったところの出入り口から城壁を出る。この上から見るプラツァ通り。少し人通りが減ったよう。

プラツァ通り


ご一緒したSさんが行きたいと言っていた、ロヴリイェナツ要塞に急ぐ。私のペースではこのように駆けずり回ることはよくあることだけど、大丈夫だったかな?一応走るのだけはやめといたけど、一人だったら文字通り走ったかも知れない。前に来て場所も所要時間もわかっていたので、残り時間少ないなか足を急がせる。

ロヴリイェナツ要塞


ロヴリイェナツ要塞は城壁のチケットで入場可。ここから見る旧市街もオススメ。霧に囲まれる旧市街もなんとも言えない。初めてドブロブニクに来たのだったらもしかしたらこの霧をうらめしく思ったかもしれないけど、3度目だといつもと違った景色を見れたことの方が良かったと思える。

ロヴリイェナツ要塞から見た旧市街の風景


この要塞はこれといって特に何があるというわけじゃないけど、人も少なくてオススメ。大砲とか石の球が置いてあるだけの、ただの要塞。

大砲は何をねらっているのか


18:00ちょうどくらいに集合場所のピレ門前バスターミナルへ。フリータイムをめいっぱい楽しみました♪

次回は、ドブロブニク最後の晩餐をレポートします♪

クロアチア・ドブロブニク④

2011/04/22 (8日目) 続き

18:00 バスでDNRのRSTへ向かう。「ハウスホールド・オソイニックでクロアチア伝統料理とフォルクローレ・ショーをお楽しみください。」とあったので、オソイニックって何??と思いながらも普通のレストランでフォルクローレショーがついている、よくあるヤツだと想像してた。

HTLを朝でるとき、ここが夕食のレストランですよと教えてもらったのはHTLから歩いてすぐのところだったが、なんとその情報は間違っていたらしい。バスは湾を超え、停まる気配がない。

ドブロブニク住人の自家用ヨットが並ぶ湾


その店、ESGが一度行ったことあるというから、いつ行ったのかと聞いたら小さな子供のときって、おいおい。バスで行くこと45分。こんなところにレストランがあるわけないと言う道ばかりを通る。湾を超え、山を登り、細い道を通り、地元の人に道を聞いたりして、やっと店の人が迎えに出てきていたところまで来た。何もない山の中じゃないか。

何もない山の上


バスがこれ以上は入れないというので歩かされる。なんか、ひどくのどかな所だ。レストランどころか、民家さえまばら商店もない。なんだかやたらと不安になるが10分近く歩いてようやく到着。

のどかな田舎


ってレストランっていうより民家だよ、これは。もちろん看板もなにもない。普通の田舎の家。
ハウスホールドってのは、そのままの意味か。

ハウスホールド・オソイニック


で、ここが目的地だったらしい。まずはテラスで、歓迎のもてなしを受ける。ラキヤ(蒸留酒)といちじく、オレンジピール。さすがにラキヤは喉にかっとくる。おかわりを勧められても、ちょっとさすがに・・・。

ラキヤで歓迎


これがそのテラス。見えるのは山ばっかり。ぶどうの棚になっている。
ここで木の棒を配られる。どうしろって言うのかな??イースターで木をもらって植えて根が生えたら願いがかなうとかそういう話があったけど、でも持って帰れないよね。

テラス


こちらは今日のメインを作っているところ、と見せてもらった。あぁ、なるほど、これが伝統料理ってやつですね。

オーブン


生ハムなどを出され、さっきの棒の使い道が判明。あぶって食べたり、自家製ワインがでてきたり。要するに、お宅訪問といった雰囲気だ。

生ハムをあぶる


お宅訪問ならそうと事前に言ってくれればいいのに、HTL近くの普通のレストランでの食事を想像していたわけで、話違うじゃんと怒り出す人も。まぁ、いいんですけど、片道1時間近くかけて来るならそうと言ってくれれば、キャンセルして旧市街でシーフード食べたいという人だっていたはず。

気付いた時には帰りたくても帰れない。結構疲れている人が多く、不満気な人の方が多数派だったようだ。で、結局オソイニックって、ここの村の名前だったので言って見れば、ハウスホールド・オソイニックとはレストラン名というか、いやレストランじゃなくて家庭訪問なんだけど・・・。そのままスケジュールにのせちゃうだけじゃわからないですよね。

まぁその家庭を訪れて、クロアチアのこの地方の伝統的な生活を見、伝統的というか家庭料理を頂き、ちょっとしたダンスを見る、そういう内容なわけです。なんだか社会科見学っぽいような。
ここが、まぁちょっと雰囲気のあるダイニング。テーブルの上には飲み放題のワインとビール。

ダイニング


のどかな雰囲気から想像できる通り、サービスも全体的に遅い。フォルクローレショーもショーとか言えるものじゃなく、こんな感じ・・・。

フォルクローレ


こちらがメイン。ポテトはおいしかったですよ。まぁ素朴な料理です。

ラムっていってたけど、ポークですね


帰るころには若干機嫌の悪い人もいた。やれやれ、これは事前の説明が必要なものですが、添乗員にも情報が入っていなかったようです。21:30 ホテルに帰着。

2011/04/23 (9日目)

8:00 Dep HTL
ドブロブニクの港には大型のクルーズ船が今日も停泊。そうそう、前回ドブロブニクに来たのは、まさにこのクラスのMSCのクルーズででした。巨大過ぎて船だかなんだかわからないくらいですね
(今回のレポートが終わったら、そちらを紹介しますね。)

大型クルーズ船


9:25 ボスニア・ヘルツェゴビナのネウムで休憩。海岸線をわずかだけボスニア・ヘルツェゴビナが持っているので、国境が2度あるのだけど、ここの国境はほぼ素通りできる。

その後は、しばらくアドリア海沿いにバスを走らせる。やっぱりアドリア海はとてもキレイ。

アドリア海の海岸、見えるのは島だったり半島だったり


10:30 今度はちゃんとした国境。1か所にて入出国、パスポート回収、スタンプなし。30分足らず。

次回は、ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルをレポートします♪

ボスニアヘルツェゴビナ・モスタル

2011/04/23 (9日目) 続き

11:10 クロアチアとの国境から15分、ブラガイというブナ川沿いの町でPhoto Stop。
今日も天気は絶好調といった感じ。ローマ以前から砦が築かれた古い町で、丘の上にはスターリ・グラッドという城塞も。

ブラガイ


11:50 モスタル到着。さっそく街の至る所で紛争の生々しい砲弾跡が残る建物を目にする。95年まで続いた泥沼のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、今も多くの問題を抱えている・・・。

モスタルの紛争の跡


フランシスコ会修道院でESGと待ち合わせ、徒歩にてモスタル観光へ。
この修道院は紛争後に新しく建てられたもの。まったく傷のない新しい建物は周りの建物と一線を画している。

フランシスコ会修道院


モスタルとはボスニア語で「橋の守り人」という意味。この街は世界遺産。紛争で破壊されたものを再建した石橋スターリ・モストで有名な街だが、写真は、その9年前にかけられたミニチュア版の橋。

モスタル旧市街


ネレトヴァ川に降り、石橋スターリ・モストを見上げる。川もとてもキレイだが、橋のアーチは本当に美しい。この橋は2004年に再建されたばかり。この川をはさんで、クロアチア人、ムスリム人が住み分けされている。

ネルトヴァ川からスターリ・モストを見上げる


皮なめし職人のハマムなどを見てから、スターリ・モストを渡る。元々は1566年に建てられたというが、デザイン性がありながら、この堅固な作り。ただ、石はつるつるで滑るので足元に注意。

スターリ・モストの上


スターリ・モストからの眺め。
山並み、川、モスク、そして新緑。素晴らしい眺め!

スターリ・モストからの眺め


橋を渡った先は、お土産物屋が両脇に並ぶ。道は観光客でごったがえしていて、店構えや雰囲気から、まるでトルコのバザールにでもいるかのような奇妙な感じ。元々、オスマン朝に栄えた街なので、無理もない。

マーシャル・チトー通りの土産物街


コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤの庭から見るスターリ・モストが一番のオススメポイント。橋が最も美しく見える角度じゃないだろうか。この橋を破壊したとは信じられない・・・。

コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤからの絶景


トルコの家まで行って、ここからしばしフリータイム。
トルコの家は、ネルトヴァ川沿いの17世紀に建てられたオスマン朝時代の家。

トルコ人の家


このあたりは紛争時の大小さまざまな砲弾の跡が残る建物がそこかしこに見られ、紛争がそう遠くない昔にあったことを伝えている。

砲弾の跡が残る建物


昼時になったので、観光客もまばらになってきた。左の建物にDON'T FORGETと書かれている。
正直いって、「何を?」と思ってしまった。まだ多くの問題をかかえているこの地域、憎しみなどの感情の方が強く心に残っているのではと心配になる。

世界遺産の街並み


天気もよく暑かったので、大好物アイスクリームを買う。2フレーバー2km(2km=1€)安い!

橋の脇が集合場所なのだが、そこの建物に何気なく入ると、紛争当時の橋の様子をビデオ上映しているものを見た。何度も何度も繰り返し砲撃され、ついに最後に橋は完全に破壊され分断される。橋からそう遠くないところで、砲弾が飛び交う中、誰かがずっと撮影していたということか、それもちょっとびっくりだったけど、とにかく胸が痛くなる映像だった。

破壊されたスターリモストの写真


13:35 近くのレストランにてLunchの後、サラエボへバスにて移動。
モスタルは新緑がよく似あうとても美しい街でした。

モスタルの美しい街並み


次回はサラエボをレポートします♪

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