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ポーランド・アウシュビッツ強制収容所

2011/06/02 (3日目)

8:00 Dep HTL。心配していた天気は前夜のような雷雨でもなく快晴でもなく、ほっとする。
午前中は自由行動、ですが希望者への案内となるアウシュビッツへ皆で行くことに。アウシュビッツという名前は世界中の人が知っているけどこれはドイツ語名で、オシフェンチムという町にある。

9:25 アウシュビッツ強制収容所
去年と同様、アウシュビッツの唯一の日本人ガイド中谷さんがついてくれることになった。
去年はアイスランドの噴火の影響でガラガラだったアウシュビッツもこの日は混んでいた。学生やユダヤ人などたくさんの団体が来ていて、観光は順番待ちといった感じ。

アウシュビッツ強制収容所入り口


有名な「働けば自由になる」と掲げられた門は収容所の入り口。Bが逆さに作られていることが、抵抗の証と言われている。この門、一度盗まれて切断されたものが、最近やっと修復されたというニュースを聞いた。現在の場所にあるのはレプリカということになる。

ARBEIT MACHT FREI 働けば自由になると掲げられた門


二重に張り巡らされた鉄線には220Vの電流が流され、脱走はほぼ成功しなかった。成功した場合にも見せしめに多くの仲間が処刑されるといった極限の管理ぶりだった。

二重の有刺鉄線


敷地内のポプラは年月とともに植え替えられるものも出てきたが、その美しい緑がここで起きた信じられない出来事を今も静かに見つめているよう。

世代の代わるポプラ


この収容所に収容されたのは約20%、残りは来るなりそのまま殺されたと言われている。推定では130万人が連行され、そのうち110万人がユダヤ人、他にも多くの民族が含まれていた訳だが、正確な記録はなく、実際にはもっと多くの人々が犠牲になったのかもしれない。

4号棟には、規則違反で撮られた貴重な写真や、資料類が展示されている。これらの証拠品を見ると、国家的に計画され管理された収容所の実態というものが見えてくる。

貴重な写真


ガス室で使われたチクロンBは1缶で150人を殺せる劇薬。おびただしい空き缶も展示されている。

チクロンB


膨大な量の髪の毛や、それで作られたカーペットなど信じがたい展示品が並ぶ。また、5号棟では、たくさんの没収品が展示されている。メガネやカバン、くつ、義足に至るまで様々なものが山のように展示されているが、中には今でも通用するようなデザインのものもあり、そう遠くない歴史の1ページであることが、受け入れ難い事実として目前につきつけられる。

11号棟に近付くと昨年来た時に感じたものが思い起こされ、胸が苦しくなる。コルベ神父が亡くなった飢餓室、立ち牢など残酷な施設が今もほぼそのまま残されている。見たくない気持ちと見なくてはならない気持ち、そんな葛藤の中見学した。実は強迫神経症の過去を持つ私は、予期不安が頭をよぎり、心のどこかで危険信号が点灯、思考を自ら停止させた・・・。

中谷さんは言う、「見て見ぬフリする可能性はどこにあるのか?」「賛成した人は少ない、反対できた人も。傍観者でいることの意味を考えて。」こんな悲劇が起きるのにも身近なところに理由があるのかもしれない。

死者の壁。ここに来るとき今度は花を持ってこようと思っていたのだけど、昨夜列車トラブルで着くのが遅くなったこともあり、花を調達することをすっかり忘れてしまった。せめてしばしの黙とう。ここで殺されたのは抵抗組織のリーダーで200~300人くらい、見せしめだったのだろう。

死の壁


ガス室のすぐ裏手に当時の所長の家がある。左手奥。こんなすぐ近くに家族と住むというのはどういう精神状態だったのだろうか。

所長の家


アウシュビッツの最後の見学はガス室。1度目の時はとても写真を撮る気分じゃなかったけど、もう来ることはないかもしれないので、記憶にとどめるためにも写真を撮った。

ガス室


ガス室内部で、チクロンBが投げ込まれた穴を見上げる。手が自然にブレるのは仕方ない。

ガス室内部


ガス室を出て、言葉少なく出口に足をすすめる。
中谷さんは「歴史を伝えることで常識ができる」そう言ってたぶん悩みながらもガイドを続けている。常識ができることでも100%こういった悲劇を止めることはできないかもしれないが、それでもない状態より多くのことを止められるだろう。そう思うと中谷さんの伝える行動の意味は大きい。

ガス室入り口


11:35 アウシュビッツから2kmほど離れたビルケナウへバスで移動。死の門へと鉄道の引き込み線が続くこの景色は映画や写真によく使われている。

ビルケナウ(ポーランド名ブジェジンカ)


ここは広大な敷地に、無数のバラックが並び、収容者の生活の様子を見ることができる。

300棟以上あるバラック


生存率は10%と言われているが、まるで家畜小屋のようなバラックには、たくさんのベッドが。

バラック内部に詰め込まれた3段ベッド


トイレですら専用のバラックにずらっとら並び、徹底的に管理された生活がうかがえる。

トイレ


次回はクラクフ歴史地区をレポートします♪

ポーランド・クラクフ①

2011/06/02 (3日目) 続き

13:30 クラクフに戻り、バベル城に近いレストランにてLunch。
パンに入ったスープ、グジボヴァ。スープは超がつく熱々、パンはもっちもちで私の好みでした。

きのこのスープ、グジボヴァ


こちらはピエロギ(ポーランド風水餃子)。昨年別のレストランで食べたのもですが、どうも好きじゃない。皮はいいんだけど、具の味付けとか舌触りがあわないのかな?ポーランドの食べ物は、イタリアとフランスの影響をうけてきたと言われるが、ロシアや他のスラブ系隣国の影響がもっとも大きいよう。

口に合わないピエロギ


14:30 徒歩にてクラクフ歴史地区観光へ。クラクフは11世紀から600年近くポーランド王国の都として栄えた街で、第二次世界大戦の戦火を免れ中世の建造物が残る世界遺産。ここでも日本語堪能なJSGが着く。去年はESだったな・・・。まずは旧市街の南にある丘の上のバベル城へ。

ヴァヴェル城


立派な大聖堂の前には、前ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の像。
ヨハネ・パウロ二世はこのクラクフ近郊の出身で、クラクフの大司教からローマ教皇となり26年超の在位中、平和を世界に呼び掛け、とても人気があった日本人にもおなじみの聖人。

ヨハネパウロ二世像


15:10 バベル城旧王宮へ入場。16世紀初頭のゴシックとルネサンスの複合様式の建物。16~17世紀の王家の肖像画やタペストリーなどが展示されているが、ここは一回見ればいいところだったかも。
内部は撮影禁止、休憩場所もトイレもないが見学は小一時間かかるのでご用心。

ヴァヴェル城旧王宮


バベル城王宮の窓から見た旧市街。バベル城は小高い丘の上にあるので、ここからなら中世の街並みを見渡すことができる。

ヴァヴェル城から見たクラクフ旧市街


16:10バベル城を出て、中央広場へ。造り物かと思うような街。石畳の道も、左右の建物も、観光用の馬車も全てが、時代を忘れさせる存在。

中世にタイムスリップしたかのようなクラクフの街並み


広場へ向かう途中、突然、現代のトラムが横切り我に帰る。ちょっと車体が新しすぎて、この街には不似合いな感じ?

近代的なトラムの車両


どこを向いても絵になる道を歩きながら、シャッターを適当に押しまくっていたら、完全にグループとはぐれてしまった。といっても、トラベルイヤホンからはガイドの声が聞こえているし、行き先は分かっていて、しかもその場所もわかっているので、安心してマイペースで歩く。

中央広場へ


ヨーロッパ屈指の広さを誇る中央市場広場へ来ると、どーんと大きな織物会館が飛び込んでくる。昨年修復中でその姿を見ていなかったので、想像以上の立派さと大きさに驚く。

織物会館


16:40 聖マリア教会。中央市場広場に面して立つゴシック様式の立派な教会。中も入場する価値のある見事な祭壇や装飾がある。よくある教会と無視せずに入場することをオススメ。

聖マリア教会


外へ出て、塔の上から毎時鳴らされるラッパを聞く。3、4方向に向けて順番に吹いてくれるので、どこから見るかあわてることはない。ラッパ手は拍手に応えて気前よく手をふってくれる愛想の良さ。

聖マリア教会のラッパ


次回もクラクフ歴史地区の続きをレポートします♪

ポーランド・クラクフ②

2011/06/02 (3日目) 続き

中央市場広場で17:35までフリータイム。中央市場広場はかなりの広さで、中世からそのまま残っている広場の中では最大級。昨年は、時計塔に登って広場周囲の旧市街の景色を楽しんだっけ。
この日はちょっとした自己嫌悪に陥っていたので誰もいないところへ行きたい、そんな気分だった。

中央広場と時計塔、織物会館


織物会館は外見の建物は立派だけど、中はお土産物屋さんがずらっと並んでいるだけで興味をひかれなかった。長さ100mもあり14世紀の建物。

織物会館内部


広場にはキレイな花を売っている屋台も。早起きしてればアウシュビッツに行く前に寄れたかな?

花屋の屋台


これといって行くところがなかったけど、誰にも合わない道を歩きたかったので、フロリアンスカ通りをバルバカンの方面へ。

フロリアンスカ通りをバルバカンの方面へ


旧市街の北の入り口フロリアンスカ門。こういった古い門は好き。今も昔もクラクフを訪れる多くの人を見守ってきたのだろう。

フロリアンスカ門


フロリアンスカ門の先にあるバルバカン。バルバカンは円形の要塞、15世紀のものでヨーロッパに現存する3つのうちの1つ。

バルバカン


すぐ側は緑豊かな公園が広がり、しばらくベンチに座って行き交う人をぼうっと見ながら、自己嫌悪の1人反省会。

緑の公園


ウィンドウショッピングしながらフロリアンスカ通りを中央広場方面へ戻る。この角度から遠くに見る聖マリア教会もステキ。

フロリアンスカ通りを中央広場へ


途中、デモに遭遇。デモといっても何も知らなければお祭りか何かと間違うよう。チラシをもらったが、どうやら生活に関する値上げなどに反対するデモだったらしい。

デモ


もしも3度目にクラクフを訪れることがあるなら、オープンカフェでゆっくりお茶するくらいの余裕が欲しいな・・・。

中央広場のカフェ


集合後は、結局皆でバルバカンへ行き、その後HTLまで歩いて戻る。
18:05 Arr HTL
ホテルは旧市街のすぐ外側にあるが、周辺はトラムが走り落ち着いた街並み。ポーランドは、ヨーロッパの地理的中心に位置する国だけど、クラクフという街はまさに”ヨーロッパ”が詰まった街だった。

旧市街の外側


次回は、ヴィエリチカ岩塩坑をレポートします♪
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aya1103

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