エジプト・ギザ

私が小学生の頃から憧れていた国エジプト。

古代エジプトを舞台にした少女マンガ「王家の紋章」や「ナイルの鷹」「ファラオの墓」などを夢中で読み、古代史についても様々な文献を読みあさりました。TVで古代エジプトをあつかった番組があれば何か少しでも新しい発見がないか今でも食らいつく有様。

図書館にあるエジプト関連の本は一通り読みあさった私ですが、ハトシェプスト葬祭殿のテロなどもあり長い間訪問を躊躇していました。他の国と違って観光客を狙い撃ちにするわけですから、たまったものじゃありません。

それでも絶対的に好きな国なので、いつでも行けるそう思っているうちに月日は流れ、2009年4月、ちょっと早めのゴールデンウィークの旅先としてやっと訪問する機会を得ました。

2009/4/22(1日目)

いよいよ憧れの国エジプトに行くため、ボーディング直前にアルコールを買って飛行機に乗り込む。そうエジプト航空ではアルコールが出ない。飛行機が嫌いな私は、アルコールの助けを借りて少しでも寝て14時間超の時間をなんとか紛らわす必要があるのです。
深夜着で、初日はギザのHTLへ。

2009/4/23(2日目)

朝イチで、ギザのピラミッド観光。天気は曇り。4月と言っても晴れたりしたら暑いわけで、曇りで丁度良かったと思うべきか。すぐに車窓にピラミッドが見えてくる。いよいよやって来た、そんな思い・・・。

ギザ台地


何度となくTVなどで見たピラミッド。皆その大きさに驚くと言うが、いや、これを見て驚かない人がいるだろうか?間近で見るピラミッドは本当に圧倒される。できる限り下がっても全体をカメラに納めることは難しい。どうやって作ったのかって、未だに解明できないのは一重にこの想像を絶する大きさ故だろう。

クフ王のピラミッド


右下が9世紀にアル・マムーンが無理やりこじあけた穴。現在は観光の入り口。左上が本来の入り口。地震で偶然崩れあらわになったとか、とにかくピラミッドについては様々な説があるので、何が本当なのかはわからない。これだけ大きな建造物がミステリー要素だらけなのだから、人々の興味が尽きないのは自然の理というもの。

本来の入り口と盗掘された入り口


さて、いよいよピラミッドの中へ。カメラは持ち込み禁止なので、現地ガイドに預ける。
横から見た際のこの斜度を見ればいかにすごい建造物かお分かり頂けるでしょうか?手前の方には、昔は全体を覆っていたと思われる化粧石の名残が見られる。ツルツルのピラミッド、神々しかったに違いない。

いざクフ王のピラミッド内部へ


アル・マムーンの入り口近辺はまるでディズニーランドのアトラクションに入っていくよう。本来の内部構造に突き当たると、急に通路は狭く直線的になる。長くて狭い上昇通路を登る。体が大きい人は無理かも知れない。狭くて怖い。高所だけじゃなくて閉所もダメだったのか、私。やがて大回廊に出る。天井が急に高くなり、俄然歩きやすくなるが、急な登りが続く。

時々、電気が消える・・・。まさに真っ暗。はっきり言ってかなり怖い。ただでさえ、あの山のような石の中にいるのだから・・・。懐中電灯を持ってきたのは正解。別に壁画とかあるわけじゃないけど、明かりがなくては何も見えない。

王の間に入るにはまた少し屈んで狭い通路をくぐる。部屋は精密な立方体で、がらんどう・・・
ここで瞑想する人がいるというが、、、暗いし、無理。石棺と呼ばれる石の入れ物ひとつがあるのみ。私見では、どうみても石棺じゃない。あまりに小さすぎる。でも、私はピラミッドは墓の一部で、地下に埋葬室があると信じている。

ピラミッドの中は、感動のためか、不思議な聖域にいる感覚で心地悪いものではなかった。
パワースポットと言われるが、果たして何かパワーがついただろうか。

来た道を戻る。下りの方が結構あぶない。それに、、、足がつりそうだ。これは翌日判明することだが、やはりかなり斜度があるので、重度の筋肉痛になった。運動不足の方は気をつけるように・・・。あ、それと中はヒンヤリじゃなくて蒸し暑いので軽装で入るのが正解。

さて次は三大ピラミッドのビューポイントへ。これだけ離れないと全体を入れられないのか。

三大ピラミッドビューポイント


次はスフィンクス。普通の人はあまり気にとめないが、ピラミッドの周囲にはマスタバ墳が広がる。一見、家みたいな感じで、地下に埋葬室があるんだけど、日本からのツアーには見学にまず含まっていない。残念。いつかゆっくり訪れたときに見に寄ろう。

マスタバ墳


こちらはスフィンクス前の広場より。スフィンクスの後ろにはカフラー王のピラミッド。上部には化粧石が残っている。

スフィンクスとピラミッド


河岸神殿へ。こちらは思っていたよりもすごく保存状態がいい。隣のスフィンクスの風化ぶりからすると、まるで最近作ったかのよう。石の組み合わせがぴっしりとしていて、とても重要だった建物だと思われる。諸説あるので、説明ははぶきますが・・・。

河岸神殿


河岸神殿の先は、カフラー王のピラミッドとその葬祭殿へと続く参道が一直線に伸びている。

参道


この参道の脇からスフィンクスが間近に見られる。足元の方は古代からずっと修復が続けられてきていてるのだけど、ちょっと修復のやり方としてはどうなの?という風情のなさ。
両足の間にはトトメス4世の夢の碑文の上部がちらっとだけ見えている。

修復中のスフィンクス


スフィンクスの近くでは、日本でも有名なザヒ・ハワス長官がロケをしていた。すごい露出度で有名だけれど、どうやら一般のエジプト人やエジプト人考古学者の間ではあまり好かれていないらしい。(ちょっとわかる気もする)

ザヒハワス長官のロケ


ピラミッド観光の後は、パピルスのお店によってお買いもの。今じゃナイル川に行っても生い茂るパピルスを見られるわけじゃないし、どうやって紙状にするのか実演してもらえたのは良かった。売っているのは主に王家の谷の王墓の壁画をモチーフにした絵。飾る場所によってはなかなかいいかも。私はネフェルタリ王妃の墓の絵が好きなのでそれを1枚・・・。

パピルス土産物屋


次回は、メンフィス・サッカラ・ダハシュールをレポートします♪

エジプト・ダハシュール~メンフィス

2009/4/23(2日目) 続き

Lunchの後は、メンフィス・サッカラ・ダハシュール観光へ。
まずは、ダハシュール。ギザからは、南へそう30kmくらい離れている。
このあたりは軍の管理区域らしく、ピラミッド以外の方向にカメラを向けると注意される。そのためか、周囲には土産物はおろか建物ひとつ見当たらない。

ダハシュール


赤のピラミッド。最古の真正ピラミッドとして有名。
中はかなり急な階段で、さらに相当臭いらしい。ツアーには組み込まれることはないので個人で行くしかないようだ。中の評判は著しく悪いので、入りたいとは思わないけど・・・。

赤のピラミッド


裏側へ回る。元の高さは105m。紀元前2600年頃、クフ王の父、スネフェル王が建てたとされている。鉄分を多く含んだ石灰岩を使用していて、他のピラミッドより赤みがかっているので、赤のピラミッドと呼ばれる。裾の方は砂に埋もれている・・・。

赤のピラミッド裏側


屈折ピラミッド。こちらもスネフェル王のものとされ、赤のピラミッドより前のもの。
急こう配過ぎて、途中で角度を変更したと思われる。中の一般公開はされていない。中には上部の外まで通じる通路もある。

屈折ピラミッド


メンフィスのメンフィス博物館へ。博物館といっても、ほとんどの展示は野外。
メンフィスは紀元前3000年頃の古代エジプトの首都として栄えたところだが、その面影は周辺には見当たらない。

メンフィス博物館


展示はこんな感じ。スフィンクス。

スフィンクス


こちらの見事な石棺などは、こんな展示でいいのか?
風雨にさらされるのもどうかと思うし、誰でも触れるのも・・・

石棺


この博物館で唯一建物の中にあり、一番の見どころは、ラムセス2世の巨像。約15m。
古代エジプトの遺物が、いつ誰のと分かるのは、カルトゥーシュ(王名)が刻まれているから。
しかしこのラムセス2世。よっぽど自分の名前を後世に残したかったに違いない。しつこいくらいにカルトゥーシュが刻まれているのです。

ラムセス2世像


顔立ちは端正。もちろん、こんなにカッコいい王様だったとは限らない。古代エジプトの王の顔は言ってみれば皆同じ。あのツタンカーメンの父と言われる異端の王アクエンアテンは、真実に近い彫像を作らせているが、ちょっとこれとはほど遠い顔をしている。

ファラオの顔


ちなみにここはナイル川の西岸。死の世界とされていた側。このあたりは、ナイルの氾濫があった頃は水に浸かった場所。緑が豊か。ダハシュールのピラミッドがあったところは、もう少し西にあたり、丁度増水した際にも水の届かない高台にある。

緑豊かな大地


エジプト絨毯のお店へ。このあたりはこういったお店、いずれも小奇麗なお店が多い。

エジプト絨毯屋


実演。細かい柄でなかなか品質もいい。これぞと思うものは高いので、じっくり交渉が必要。
エジプトも、相当買い物が面倒臭い国なので、現地ガイドなどに相場を聞いて高額のものを買うときは交渉も助けてもらうといいですね・・・。

絨毯を織る少女


長くなったので、サッカラは次回にレポートします♪

エジプト・サッカラ

2009/4/23(2日目) 続き

ギザとダハシュールの間にあるサッカラ。ここの観光のハイライトはピラミッドの原型と言われる階段ピラミッド。ジョセル王のピラミッドコンプレックス。全体が壁で覆われている。

ジョセル王のピラミッドコンプレックス


入り口。なんだか最近作ったように修復されている?
ちなみに、ジョセルというのは、後世といっても新王国時代に、誰かが名付け落書きに残した名前。第三王朝の初代の王、ホルス名でネチェリケト王というのが唯一知られている当時の名前。

入り口


ややこしいことに、古代エジプトのファラオは最大5つも名前を持っている。お馴染みの楕円系カルトゥーシュに表されているのは即位名。
入り口を入ると、柱廊を通る。2列に20本の柱が並ぶ屋根のついた空間。

柱廊


そして、南の中庭に出ると、どーんと階段ピラミッドが見える位置に出る。
想像よりも大きい!高さ約60m。マスタバ墳に増築を重ね、このような6段になる階段状のピラミッドができあがったとされる。

階段ピラミッド


間近で見ると、石が中心に向かって斜めに積まれていることがわかる。クフ王のものなどに比べると石も小さいが漆喰などで固めながら計画的に積まれた見事なもの。地下には張り巡らされた地下通廊や、埋葬室、果ては盗掘者が掘った穴まであるが、一般公開はされていない。
このピラミッドを見て、やはりピラミッドは王墓に違いない、そう思った。

修復中


このピラミッドの工法は後世まで賢者として伝えられるイムホテプという宰相が提案したものとされている。彼に与えられた称号から少なくとも王子だったとされているが、ネチェリケトと同一人物であったのではという説まである。彼の墓が別に見つからない限り答えは出ない・・・

このサッカラの地の西は何もない砂漠、まさに「死者の世界」

サッカーラ


すぐ近くに崩れかけたウナス王のピラミッド。
残念ながら内部は非公開だけど、ピラミッドテキストと呼ばれるヒエログリフの文書がびっしりと刻まれている。その内容とは、王の魂が来世で永遠に生きるために必要な呪文だったりするので、やっぱりピラミッドは王の墓じゃないかと私も思う。

ウナス王のピラミッド


ジョセル王のピラミッドコンプレックスの近くには、他にも古い時代のピラミッドが残っている。この時代の歴代のファラオが作ったもの。

周辺の崩れかけたピラミッド


このあたりでもピラミッドは小高い丘の上にある。緑が広がる部分は、ナイルの氾濫時には、増水で浸かったのだろう。ダムができて氾濫のなくなった今でもその境目がくっきり見られるのは興味深い。

高台より


サッカラを後にし、ギザへと戻る。カイロからそんなに離れていないのに、このあたりは本当にのどかなところ。時が止まったよう・・・

のどかな町


ギザへ戻って、夕食。前菜とスープ。

スープ


メインのケバブ。ツアーの食事というのはこんなもの。
もっとエジプトっぽいメニューは、これまでの日本人観光客がお腹を壊したことにより、ことごとく消え去っていった。無難なものが残るというわけで、毎日似たメニューになるのは仕方ない

ケバブ


次回は、ルクソール西岸、王家の谷をレポートします♪

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aya1103

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